「父が亡くなりました。残してくれたのは従業員5人の小さな会社だけです。私は、高校を卒業してから父の会社に入社して専務として現在に至っています。会社の株式だけが相続財産なのですが、弟や妹は会社の仕事のことは何もわかりません。私一人だけで会社を相続することはできないのでしょうか?」


このような相談を受けることが頻繁にありました。


会社だけでなく、亡父と一緒に農業をやってきて、残された財産は田畑だけ。

残された農地を分割すると、農業経営が成り立たないというケースもあります。


このような相談を受けた時、私が必ずアドバイスすることがあります。


「絶対にやってはいけないことがあります。それは、あなたが勝手に作った(多くは司法書士等に作ってもらうのですが)書類を、弟さんや妹さんのところに持って行ったり、送りつけたりして、実印を押して印鑑証明書を出せ、と一方的に告げることです。そのようなことをすれば、間違いなく相続でもめることになりますから」


なぜ、このようなアドバイスをするかというと、逆の立場の方々(上記の例だと弟や妹たち)の相談を、私はたくさん受けてきてたからです。

彼ら、彼女らの相談というのは次のようなものです。


「私だって事情はわかっていましたから、会社は全部長男に継いでもらうことで納得していました。しかし、突然、一枚の書類を送りつけられ、実印を押して印鑑証明書を出せと迫られ、兄の態度に心底カッとなってしまいました。こうなったら、法律で定められた相続分を主張するつもりです。遺産分割の手続について教えて下さい」


要するに、

独り占めするという「うしろめたい気持ち」をもっている側は、嫌なことは早くさっさと済ませてしまいたいという気持ちを持つ傾向があるに対し、

譲るのもやむなしという「あきらめの気持ち」をもっている側は、自分自身を納得させるプロセス(真摯な話し合いや心ばかりの”判子代”など)を欲しがる傾向がある、

ということなのです。


私ごとで恐縮ですが、私自身、上記の例の弟や妹のような立場に立たされたことがあります。


母は、父が寝たきりになったことから、父の通帳と印鑑を使って父の預貯金を全て自分名義の口座に移していました。

兄は、大学受験に失敗し続け、3浪の末、当時の河合塾の偏差値ランキングで最低の理系ランク10の私立歯科大に、巨額の寄付金と授業料を父に支払ってもらって歯科医になりました。

父が逝去すると、母と兄は、何ら話し合いもしていないのに、自分たちで作成した書類を持ってきて、実印を押して印鑑証明書を出すよう要求してきました。

それまでは、母や兄の事情は「あるていどやむなし」と察していましたが、この一方的な態度は、到底我慢できるものではありませんでした。

一方的に作成された書類は、怒りのあまり、すぐに破り捨ててしまいました。


このようなことが往々にして世間ではあるものだ、と熟知してた私でさえ怒り狂ったのですから、一般人同士であれば絶対に収拾がつかないことになることでしょう。


私の家庭内のことまで書いてしまって、大変恐縮です。

しかし、このようなことは世間で本当にたくさんあるのです。

最初に書いたような相談は、役所の法律相談に出向くと、毎度のように1、2件はありました。

「兄弟姉妹は他人のはじまり」と言われますが、実際には「兄弟姉妹は天敵のはじまり」と表現した方が、私には適切なような気がします。

「うしろめたい気持ち」を持つ立場になったら、決して急がず、「申し訳ないのだが、○○のような事情なので何とか協力してもらいたい」という態度で臨むべきでしょう。


最近は長寿の方が増えたせいか、相続人である息子や娘も高齢の方々が多くなりました。

そういう方々の時代には、長男が跡取りとして大切にされることが多かったようです。

そのような時代の方々でさえ、今の時代、頻繁に争続に発展していきます。

ましてや、家督相続という言葉すら知らない若い世代の方々は、平等相続というのが常識になっています。

「急がば回れ」というのが、円満相続の要諦であるということを忘れないで下さいね。