私が親しくしていた人の紹介で、交通事故についての相談に、本人である20代の女性(由香さんとします)とそのお父さんが事務所に訪れました。
交差点での車同士の事故で、由香さんの運転する軽自動車と中型トラックが衝突しました。
由香さんは、あちこちに後遺症の残る大怪我を負ったのに対し、トラック側の運転手らは無傷。
双方とも、前方の信号は青だったと主張。
早朝(6時ころ)の田園地帯だったので、目撃者はトラックに同乗していた運転手のガールフレンドただひとり。
ガールフレンドが、トラックの前方信号が青だったと証言したため、刑事事件にはならず、損害保険会社も賠償金は支払わないとのこと。
でも、由香さんとしては、自分は絶対に信号無視などしていないので納得できないとのことでした。
お父さんも、
「顔だけは無事でしたが、体中に大きな傷がいくつもできて、よほど理解のある男性じゃないと娘は結婚できません。傷は元通りにはなりませんが、相手の態度がどうしても許せない」
とのことでした。
実況見分調書添付の図面を見ると、私自身何度か車を運転して通ったことのある交差点でした。
田園地帯を横切る幹線道路に、農道を少し大きくしたような道が交差する場所で、農道から走ると、高くなった幹線道路に向かってのぼっていく緩やかな坂道の頂点が交差点になっていました。
「この農道を走っていれば、幹線道路を走る車はよく見えますよね。幹線道路に入る前に坂がありますから、自然に速度は落ちます。この交差点を赤信号で幹線道路に入るとしたら、まさに自殺行為ですね」
と、私は2人に言い、由香さんが嘘を言っていないという確信を得ました。
事故前日に由香さんは友達の実家に遊びに行っており、朝食をご馳走になってから、出勤準備をするために早めに帰宅しようとしていた最中でした。
『裁判官が現地で車を運転してくれれば一番良くわかるのだけどな~』
と思いましたが、残念ながら担当裁判官は外出が大嫌いだったので、現地に足を運んではくれません。
やむなく、友人に車を運転をしてもらいながら、由香さんが交差点に入る経路を私がビデオで録画して、証拠として提出しました。
唯一の目撃者であるガールフレンドの反対尋問で、私は次のような質問をしてみました。
「失礼ですが、ずいぶん早朝からのデートですね」
「しかも、トラックは彼が勤務している会社のものでしょう?」
「前日の夜から一緒にいて、彼は寝不足だったのではありませんか?」
しかし、彼女は、当日、職場に出勤するために、彼に拾ってもらっただけだという主張の一点張りで、つけいる隙を与えません。
運転手本人に対して、
「一度、職場に寄って会社の車に乗ったとしたら、時間的に早過ぎるのではないですか?」
と尋ねても、早朝出勤だったと逃げられる始末。
苦境に立たされていることを感じつつ、
「前方の信号はずっと青でしたか?それとも、赤から青に変わったばかりでしたか?」
「ずっと青でした」
という証言を、ガールフレンドから引き出し、
「とすると、信号機の時間差を考えても、原告本人(由香さん)は、青から赤に変わる寸前で交差点に進入したのではなく、赤になってしばらく経ってから交差点に進入したことになります」
「そうですか」
「あなたは車の運転をしますか?」
「はい」
「問題の交差点を農道側から幹線道路に走ったことは?」
「あります」
「幹線道路にのぼっていって、信号が完全に赤の状態で交差点に突っ込むのは、自殺行為に等しいのではありませんか?」
「そうかもしれませんが、他人のやったことですから私にはわかりません」
「原告本人はあなたと同年代の女性です。将来、結婚できないような怪我を負った一方、資力が十分にある保険会社が賠償金さえ支払わない。それでも、あなたは、トラック前方の信号が絶対に青だったと言い切れますか?」
「はい。悪いことをしたのだから、怪我をしても仕方がないと思います」
『このアマー!』
と、心の中で怒りを爆発させながら、反対尋問を終えました。
判決期日まで、自らの力不足を感じながら、憂鬱な日々が続きました。
ところが、判決は原告(当方)の完全勝訴!
送付されてきた判決書を見ながら、思わず涙をこぼしてしまいました。
今から考えても、証人を崩せなかった私が勝訴した理由はわかりません。
裁判から数年後、由香さんから「結婚しました」という葉書を貰ったときは、またまたうれし涙をこぼしてしまいました。