「その節は大変お世話になりました」

2年ぶりに見る鈴木和美さん(仮名)は、伏し目がちに挨拶をしてくれました。

和美さんは、2年前に夫の一夫さん(仮名)と離婚。

現在は、結婚前から続けている職場に実家から通いながら、幼いお子さんの世話もしている、しっかりものの美しい女性です。

お目にかかったのは、一夫さんとの離婚問題で、私が依頼を受けて以来でした。


「それで、今日はどうなさいました?」

「実は、このような物が家裁から送られてきまして・・・」

目の前に置かれた書類を見ると、元夫の一夫さんが子どもとの面接交渉を求めて、和美さんを相手として家裁に調停申立をした書類でした。

「ええー!離婚の時は子どもさんとの面接交渉は求めないと言っていたのに・・・」

「それが、当時の仲人さんの話では、私と離婚した後、彼は別の女性と再婚したそうなのです。新しい奥さんがいる間は、彼からの交信も一切なく。私たちは平穏に暮らしていました。しかし、新しい奥さんは、1ヶ月も持たずに家を出て行ったとのことです。それから暫くして、彼が私の実家の近辺をウロウロし出したり、用もないのに電話をかけてきたりするようになったのです」

「一夫さんは”あのような人物”ですから、1ヶ月で新しい奥さんが逃げてしまうのは十分理解できます。それを考えれば、和美さんはよく2年間も我慢できましたよね~」

「ホント。私って鈍感なのかもしれません(笑)」

「いえいえ、我慢強い性格をされているのですよ」


話は遡ること2年前。

和美さんは、一夫さんと離婚しようと決意して家裁で調停をしたのですが、一夫さんが断固として離婚を拒絶したため調停は不調に終わりました。


その後、私の事務所に訪れ、

「子どもの親権だけもらえればいいので、何とか離婚手続をして欲しい。ついては、夫はかなりの変人で根に持つタイプなので、いきなり裁判にするのではなく、よく話を聴いてやって説得して欲しい」

との依頼を受けました。


一夫さんは、一流大学を卒業して大企業で活躍している人物で、浮気どころかギャンブルも酒もやらず、毎日きちんと家に帰ってくる”表面的には”模範的な夫でした。

しかし、どうしても和美さんが離婚したいというので、取り急ぎ、私は一夫さん宛て内容証明郵便で『和美さんの代理人になったので、以後の連絡は私宛お願いしたい』という受任通知を送りました。


受任通知を送って5日ほど経ったころ、一夫さんから電話があり、一度会いたいので今度の日曜日に自宅に来て欲しい、と言ってきました。

どうしようか迷いましたが、『夫はかなりの変人で根に持つタイプ』だという和美さんの言葉を思い出し、”まずは十分話を訊いてガス抜きをした方がいいだろう”と思い、一夫さん宅に出向くことにしました。


待ち合わせ場所で一夫さんらしき人に声をかけると、一夫さんは挨拶もしないで顎を車の方に向けて「近くだから車で付いてきて」というだけ。

『こちらが挨拶してるのに無礼なヤツだな~』

と思いながら、車を連ねて一夫さん宅に向かいました。


一夫さん宅は新築の臭いのする大きな一戸建てで、家に入るなり、

「まずまず立派な家でしょう。親が和美と結婚してから建ててくれたんですよ。弁護士さんは家を持ってるの?」

と、ずけずけと尋ねられました。

私が、2LDKの古い賃貸マンションに住んでいると答えると、

「そうだよね。乗ってきた中古車見ればわかるよ」

あームカツク!

しかし、我慢我慢。まずは”ガス抜き”だ、と気を取り直して、いろいろと話をしました。

話が進むにつれ、一夫さんの言葉の節々に”険”があり、和美さん相手にも同じような態度で臨んでいるのなら、和美さんが離婚したくなるのは当然だ、と確信するようになりました。

その時は知りませんでしたが、いわゆる”モラハラ夫”だったのです。


その後、場所を変えて、何度か一夫さんと会い、和美さんの決意の固さを伝え、一夫さんの”いちいち揚げ足を取るような態度”を我慢した結果、「お詫び金」として20万円を支払えば離婚に応じる、というところまでこぎ着けました。

当方としては「お詫び金」なんて支払う必要はないはずでしたが、和美さんが「何とかそれでお願いします」と懇願するので、不承不承「お詫び金」を支払い、離婚協議書と離婚届に署名・捺印をもらって、めでたく(?)離婚が成立しました。


話を戻しましょう。

その一夫さんが、2年近く経ってから和美さんの実家近くをウロつくようになり、意味不明の電話を何度か架け、挙げ句の果てに「子どもとの面接交渉」を求める調停まで起こしてきたのです。


「2番目の奥さんがもう少し我慢してくれていればよかったのですけどね~」

と不安な表情を見せる和美さんに、私は言いました。

「ならば、こちらも「面接交渉禁止の調停・審判」を申し立てましょう」

「そんなことできるのですか?」

「相手がマトモじゃありませんから、こっちも攻撃するのです。結果はどうあれ、ともかくやってみます」

ということで、申立人を和美さんとして私が代理人になって「面接交渉禁止の調停・審判」を家裁に申し立てました。


案の定、調停は不成立。

数ヶ月後、私の事務所に家裁から審判書が届きました。

「新たな合意もしくは審判がなされるまで、相手方(一夫さん)は子どもと面会してはならない」という趣旨で、当方の完全勝利でした。


おそらく、あの一夫さんのことですから、家裁の調査官に対しても非常識な態度で接したのでしょう。

典型的なモラハラ夫同様、裁判所の審判という”権威”に素直に従って、おとなしくなってくれた一夫さん。

2年越しのトラブルから解放された和美さんの笑顔が忘れられません。