国選弁護を担当していますと、たまに在宅事件を受け持つことがあります。

 在宅事件というのは、逃亡や証拠隠滅の恐れがないことから、勾留つまり身柄拘束されずに裁判を受ける被告人の事件のことを指します。

(個人的には、警察・検察はなんでもかんでも身柄拘束してしまっているのが実情なので、もっと原則に立ち返って身柄拘束を例外とすべきであると考えています)


 ところで、この在宅事件。

 被告人は、国選弁護で自ら費用を支払わなくて済むし裁判まで普通に社会生活ができることから、裁判をとかく軽視してしまう場合があるのです。

 裁判の打ち合わせのために事務所に呼び出しても約束を平気ですっぽかす人物もいれば、被告人に連絡すら取れなくなってしまって大いに焦った経験もあります。


 ある道路交通法違反事件で(100キロ超のスピード違反だと記憶しています)、事前に被告人と裁判の打ち合わせをし、当日の服装や手続の流れを説明、弁論要旨や尋問事項書もしっかり準備して、いざ裁判ということになりました。

 開始時間は午前10時。

 私は、開始15分前くらいに法廷で待機していたのですが、なかなか被告人が現れません。

 開始5分前になっても被告人が現れないので、私もさすがに焦り出しました。

 いくら在宅事件とはいえ、刑事裁判で裁かれる身であることは打ち合わせの時に説明していますし、普通だったら20分~30分前に法廷に現れるものです。

 検察官や裁判所の書記官も協力してくれて必死で連絡をとろうとしたのですが、緊急用の携帯電話にも出ません。


 やがて、時間となって裁判官が現れ、「弁護人、被告人はどうなっているのですか?」と尋ねられたので、「全く連絡が取れない状態でして・・・もしかしたら事故にでも巻き込まれたのかもしれません」と苦しい返答をする始末でした。


 30分経ち、40分経ち、何度も何度も携帯電話と固定電話に呼び出しをかけていたときでした、被告人が法廷にひょろりと現れたのです。

「どうしたのですか?事故にでもあったのですか?」と尋ねても「ええ、ちょっと・・・」と言葉を濁すだけ。

「あー!これは寝坊をしたんだな」と思い、なんとか取り繕おうとしましたが、時既に遅し。裁判官が現れて、被告人に「どうしてこんなに遅れたのですか!寝坊でもしたのですか!」と叱りつけました。被告人は、ただただバツが悪そうに黙っているだけで”寝坊による遅刻”という事実は公知のものとなってしまいました。


 裁判官はイジイジと文句を述べ、私に対しても「弁護人がもっとしっかりしてくれないと困りますよ」と叱りだす始末に・・・。私は内心「ここまで面倒見きれないぜ!」と思いましたが、被告人の判決に悪影響が出るのを恐れ、グッと我慢しました。

 その裁判では、裁判官が一言一言に異常なまでに声を荒げ、険悪なムードでようやく審理を終えました。まあ、寝坊をした被告人に対し、裁判官が厳しい態度で臨むのは当然のことでしょうが・・・。

 最後に、裁判官が判決言い渡しの日時を被告人に告げると、くだんの被告人は悪びれる様子もなく「その日は別の予定が入っています」と言うではありませんか。

 私は心の中で「おまえなんか死刑になってしまえ!」と、思わずつぶやいてしまいました。