私は入ったことがないので知りませんが、ほとんどの受刑者にとって刑務所は1日でも早く出たいもののようです。

 事実、国選事件で何度も服役している被告人と接見すると、多くの被告人は「先生、今回はどのくらい入ることになりそうですか?」と開口一番尋ねてきます。どうやら、刑務所だけは何回入っても慣れることはないようです。


 あるとき、窃盗を繰り返して起訴された被告人の国選弁護を担当しました。

 前科調書を見ると、同種前科が”これでもか!”というくらいありました。実刑判決を受けて刑務所に入らなければならないのは確実です。


 接見に行ったところ、被告人は性格がおとなしそうな無口な初老の人物。

 「今回はどのくらい?」という質問もされませんでした。

 私が「もう何回も同じことをやっていますが、刑務所に入らなければならないということは頭になかったのですか?」と尋ねると「わかっていました。でも、お金はないし、この年になると肉体労働もさせてもらえません。仕方なく、深夜の学校や事務所に入って小銭を盗んで食べ物を買っていました」とのこと。

 「生活保護を受けるという方法もあるんじゃないですか?」

 「理由は言いたくないので勘弁して欲しいのですが、生活保護の申込みができないのです」

 供述調書に、「大昔、妻子を捨てて肉体労働をしながらあちこちを転々としていました」と書いてあったので、その手の事情があって生活保護を申請しなかったのかもしれません。


「刑務所に行くのは辛くありませんか?」

「そりゃあ、やっぱり辛いです。でも、私には刑務所で生きていくしか方法がないのです」

当人の嫌がることを避けながら、様々な事情を聴いて、私は暗澹たる気持ちで拘置所を後にしました。


 裁判当日の最終弁論で、情状酌量を求める裁判での決まり文句とも言える「以上の事情を十分ご斟酌の上、被告人にできる限り寛大な判決を求める次第であります」という言葉が、心なしか小声になってしまったのが忘れられません。