ずばり、「記憶」を司どる部位だそうです。


元ネタの解説によると、原始時代から女一人で子育てはできないので、しっかり自分をサポートしてくれるかどうかを「記憶」する必要があるからだそうです。


大正解をいただいたコメントもありました。


しかし、この正解って、納得いきますか?


往々にして、女性は忘れるのが男性よりも得意で、失恋しても立ち直りが早いといわれています。

その理由として、女性は出産の苦痛を早く忘れないことには二度と出産などしたくない、二度とSEXなどしたくない、と思うようになり人間の種が危機に瀕するからだといわれています。

それに比べて男性の方がいつまでも昔の女性に対して未練たらたら・・・相手と縁が切れた後も追い続けることが多いようです。


この説と、恋する女性の脳の「記憶」を司る部分が活性化しているという説は、とても矛盾しているような気がしませんか?


私は本問の回答を聞いたときにやや混乱してしまいましたし、上記両説を矛盾なく説明する解説はありませんでした。


以下、私なりの考えを述べさせていただきます。


恋する女性の脳が「記憶」を司る部分が活性化しているといっても、おそらくそれは「自分をケアしてくれる」という心地よい部分を残し、そうでない苦痛や不快な部分は切り捨てていくのではないかと考えます。


つまり、この記憶を司る部位は「より自分と子供を大切にしてくれる相手」をしっかり記憶として残すためのスクリーニング機能があるのではないでしょうか?

「大切にしてくれない相手」=「自分を失恋にさせた相手」は、このスクリーンを通り抜けることが出来ず記憶にも残らない。よって、子孫を残す相手としての価値も見いだせない。と考えると何となく辻褄が合うような気がします。


ですから、男性には理解できない「ほんの小さな出来事に愛」が傷ついた女性は、さっさと相手の男性を忘れてしまいます。

その反面、自分と自分の子供を大切にしてくれそうな男性の言動は忘れません。

そして、ふるいに残った男性との間で子孫を育もうという本能があるのではないかと・・・。


このように考えると、ものすごく燃えて恋した男性であっても「自分を大切にしてくれない」男性は記憶に残りませんし、出産の苦痛も記憶に残らないという意味での「記憶を司る部位」が活性化していると言えそうです。

要は、大切なものだけを「濾過」する作用があるのではないでしょうか?

濾過されて残った記憶は定着しますが、濾過されなかった事実は忘却の彼方へいってしまう・・・と、私は考えています。


男性諸氏の中で、かつて死ぬほど自分を愛してくれながらも捨ててしまった女性を、数年ぶりに訪ねたところ「あなただれ?」と言われんばかりの扱いを受けた方もいるのではないでしょうか?

「この薄情女!あれは嘘だったのか!」

などと怒り出すのは男性の手前勝手というもの。

だって、あなたは「彼女を大切にする」という役割を少なくとも一度は放棄してしまったのですから・・・。


よく、「愛情の反対は憎悪ではなく無関心である」といわれますが、これこそ女性にあてはまっているのではないでしょうか?



以上はあくまで私の仮説です。

どなたかもっとよくご存じの方がいらっしゃったら、是非ともお教え下さい。