僕の中の子供の自分。

とっても可哀想だった男の子。

いつも責められ続け、楽しいこと好きなことを諦めされ続けてきた。


もう安心していいよ。

いつも愛されるよ。

楽しいこと、好きなこといっぱいしようね。


僕の中の親の自分。

責任感、正義感の人。

何かに怯え、追い込まれて、あるいは規範意識から子供の自分にきつく当たってしまう気弱な人。


もう安心していいよ。

いつも愛されるよ。

よく分かっているよ、心配だけど信じてみようね。


僕の中の大人の自分。

とても優しい人。

僕のコアであり、愛そのもの。

最近、親の自分を休ませて僕の立て直しを担ってくれ始めている人。

子供の自分を誰よりも愛してくれるであろう人。


まだ僕には他人から愛されている事が感覚として分からない。

好意の言葉にも現実味が感じられず、遠い。

でも子供の自分も親の自分もだいぶ安心している様で穏やかだ。

多分だけど愛は刺激的ではなく、じわっと温もりが伝わる様なものではないか?

僕が求めてきた強い刺激を探すのではなく、別の感覚で捉えないといけないのでは?


愛する事も愛される事にも慣れていないから、その神経回路が未だに殆ど機能していない。

先ずは自分を愛する事でトレーニングするしかない。

もしも他人も愛せるならば愛せるといい。

まだ早いと思うけれど。


いろんな人に甘えよう。

今は怖くても信じて飛び込んでいこう。

安心できるまで繰り返そう。