最近、尾崎豊のアルバムを買ってから繰返し聴いているのだが、興味深い人物なので少し調べてみたらタイトルの言葉にたどり着いた。

僕が尾崎豊を聴いていたのは、高校3年から大学1年まで。
覚醒剤で逮捕、その後復帰して初めてテレビ出演して「太陽の破片」を歌ったときを記憶している。

彼が亡くなった時には既に興味を失っていたが、バイト中に仲間が教えてくれた。

ナルシストな僕でさえついていけない、ナルシスティックな部分、破壊的で攻撃的な部分があるけど、アーティストとしては天才的だと思う。
そして、ああいったキャラクターをセルフプロデュースしていたとも思う。

声も高く透き通っていて、ロックではなくフォークが合っていると思う。

また、基本的には知的な人物像である。

亡くなった後の特集を観たら、相当に人間関係が悪化して、ほとんど孤立して家族だけが味方の様な状況だったそうだ。

猜疑心が強く、突然激昂して攻撃的になる。
とにかく自分を見ていて欲しくて、少しでも目を離そうものならば怒り狂う。
とても甘えていて、わがまま。

僕はそれは覚醒剤の影響だと思っていたけれども、どうも境界性人格障害の特徴的な部分であるらしい。

自分の事を無価値であると思いこみ、それが故に完璧主義に走る。
心を許していない人に対しては出きるだけ礼儀た正しく親切であろうとする。

そして、疲れ不安になり自傷行為を行う。

本人の苦しみと同じく周りの人間は傷付きヘトヘトになってしまう。

最愛の母の死から間もなく彼もまさしく自滅していった。

熱狂的な若いファンたちの悲しみとは別に、周辺にいた人々は運命の様なものを感じたのだろう。

ネットには太宰治、ダイアナ妃やウィノナ ライダーや中森明菜、飯島愛等が同じ特徴を持つと書かれている。

彼の名曲の数々がそんな障害から生まれた歌だと思うのはとても悲しいことだ。

尾崎豊は嫌いな人は大嫌いで理解不能だと思う。
僕も好きだし、嫌いでもある。
でもあの音楽の才能は魅力的だと思う。