高校一年の冬、チーム内県駅伝選考会(ロード5km)で先輩達、同期を抑えて一番になった。

トラックで17分台の記録しか持たない僕だったけれど、15分台をマークした。

僕の株は急上昇、期待の新人として準エース区間の3区に抜擢された。

しかし、本番二日前に風邪で発熱してしまう。

大垣市の中継場で緊張しながら1区の状況をラジオで聴く。

5kmを中京商の実井謙二郎選手と県岐商の早田俊幸選手が14分台で通過。
ラストで早田選手が競り勝ち30分前後で区間賞

僕の高校も名岐駅伝連続出場しており、1区、2区と順当な走りをした。

経験したことのない緊張感に圧倒され思い切り突っ込んで動かなくなった。

発熱した僕の走りは重かった。

気圧が低いところへ行った時の様に耳がボーッとして鼓膜の内側から呼吸音が聞こえる。

大ブレーキ、次々と順位を落としながら必死の襷リレー
直ぐに倒れ込む。
悪夢の様な現実を受け入れなければならない・・・

なかなか動けない僕に車で付き添いにきていただいたOBの先輩に「早く立て」と厳しく言われる。

移動中の車中、一年上の先輩達が落胆しきった僕を元気付け様と一生懸命に励ましてくれた。

でも僕は罪悪感でなにも受け入れられない。

僕の高校は10位以内に届くことなく、名岐駅伝連続出場は途絶えた。

一週間夜になると泣き続けた。

全国高校駅伝、水戸工業のエース平塚潤選手が故障で最下位になる姿を見た。

駅伝の厳しさをまた見た気がした。
そして少しだけ安心するのだった。