梅雨の晴れ間が続いた先日のこと、熊野市須野町の町長、濱田さんに「テングサ採りにいくかい?」と誘われ、須野町のすぐ目の前に広がる磯でテングサ採りを体験させてもらいました。



岩場にびっしりとこびり付いているテングサ。赤い部分がそうです。テングサと言えば「ところてん」の材料として知られています。



竹の先に三角鍬のような鉄の金具をつけたもので、岩場に付いているテングサを剥がして採っていきます。



須野で生まれ育った濱田さんにとっては、すぐ目の前に広がるこの海が遊び場であり、食糧調達の場であり、ここでは海と生活がほんとにむかしから密接に結びついていて、「この貝はうまいで~」「この海藻もみそ汁に入れたらうまい」など、自分が知らなかった実は食べられるものが磯にはいっぱいあり、そのようなさまざまな海の知識と知恵を、濱田さんからいろいろと勉強させてもらっています。。(ありがとうございます)

道ばたに生えてる雑草、山に生えてる野草にも実は食べられるものがほんとにたくさんあり、数年前から食べられる野草に興味を持って少し勉強をしたりしたこともありましたが、海の磯にも、知らないけど実は食べられるものがたくさんあるんですね。
ひと昔前の里山・里海で暮らす昔の日本人は、親や祖父母や近隣の年配の人達から、こういった知識・知恵を自然と受け継ぎ次代へと伝えていくことが当たり前だったと思いますが、戦後の高度成長期を経て経済が発展し、世の中全体がなんでもお金で買うような生活になってからは、こういった里山・里海で暮らす知識と知恵が急速に失われていったんだと思います。
まあでも日本各地の田舎には、こういった「暮らしの知恵」がまだまだ残っていると思いますし、そして今はネットがあるので直接教わることができなくとも、興味があれば自分で調べて自分でいろいろ試してみることができます。
出来る限りこういった里山里海の暮らしの知識や知恵を学んで勉強し、自分の暮らしの中に取り入れ、大切なことを残し繋いでいければ…幸せです。

TV番組「鉄腕DASH」のDASH島で紹介されたという「亀の手」や、ムール貝に似た黒い貝を少しばかり磯で収穫し、みそ汁用にもって帰りました。


そして家に戻ったあとは、テングサから「ところてん」を作ります。今日採ったテングサは天日干しで乾燥させて保存します。本日の「ところてん」づくりのテングサは、濱田さんが3年前に採って乾燥させてあったものを使います。



薪の火でしばらくぐつぐつとテングサを煮て、とろみが出てきたら、布で濾し、そして型に流し込み、冷えてきたら、あっと言う間に固まり、ところてんの出来上がり。




「ところてん」は買うものではなく、自分で採って作るもの。
そんなように、食卓に並ぶその他の様々な料理もこれから少しづつ自給していけるように・・・ワクワクしながら楽しみながら、暮らしを紡いでいきたいと思います。







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以前ブログ記事でも書きましたが(こちら)、熊野市の山奥、奈良県の県境近くにある碇(いかり)集落で、自然栽培でお米を作っておられる松田さんの田んぼのお手伝いに、先日行って来ました。

この碇(いかり)集落、現在の住人は松田さんご夫婦二人だけという限界集落です。
松田さん、この碇(いかり)集落を「食べる人が望む安全で美味しいお米の郷にしたい…」という夢を持ち、30年前に化学肥料をやめて有機栽培・減農薬に取り組み、そして6年前からは完全に農薬と有機肥料も止め、自然栽培によるお米づくりを始められました。御歳81歳で、現在通院をされていて完全な健康体でないにも関わらず、そして生活的にはもう年金だけで食べていけるにも関わらず、若い人達に昔ながらのお米づくり、生命溢れる豊かな田んぼ、豊かな田んぼを取り囲む美しい里山の原風景…それらを伝えたい、若い人達に気づいて欲しい、そしていつまでもそれらを残して欲しい…
ご本人から直接それらの言葉を聞いたわけではないのですが、いろいろお話をさせてもらうと、そういう想いや願いをひしひしと感じてしまうのです。

松田さんに比べたら、僕なんかもまだまだ若造で、お米づくりの知恵と経験なんて及びもしないですが、体力だけはあるので、できる限り時間の許す限り、松田さんの田んぼへと足を運びお手伝いをさせてもらっています。

日本中の里山・限界集落には、人はいない…高齢者ばかりという悲観的な見方もできますが、豊かな自然環境と里山で生きてきた人達の知恵、つまりこれから新しい時代へと向かっていくための豊かな環境、夢と希望がほんとに溢れていると思います。
知恵と環境と夢があるのだから、あとは若い体力のある人達が移り住むことだけかなとも思います。(もちろん簡単にはそうはいかないことも分かっています)



この日の作業は、田んぼ横の崖になっている部分の草刈り。猿などの獣が、川から木をつたって登ってきて、田んぼを荒らしてしまうので、電気柵を田んぼの回りに張り巡らします。そのため、伸び放題伸びてしまって柵に絡まっている草を刈っていきます。



急斜面なので、足場に注意をしながら、手で刈っていきました。




これが松田さんの田んぼで穫れた玄米。土鍋で炊いておひつに入れておけば、次の日も冷めた状態でも、もっちもっちの食感でほんとに美味しいです。

炊飯ジャーで保存するよりも、木のおひつで保存したほうが、味も鮮度も香りも全然違うものなんですね。昔ながらの生活の知恵と道具の素晴らしさを最近つくづく実感しています。
体に自然なもの、心地よいもの、しっくりくるもの…、食べるものも着るものも住まいも、そういう感覚で選ぶと、なんだか日本古来の昔からあるやり方、知恵、モノに行き着いてしまう…最近そんなことがほんとに多いです。
ちなみに先日から下着のパンツも、ユニクロのパンツから、ふんどしに変えてみました。最初は実験的にどんなもんかな?慣れなければすぐ元に戻そうとふんどしデビューしてみたんですが、最近ではふんどしが手放せなくなってます。
田んぼの話から最後は別の方向に行ってしまいました(笑)




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ブログ更新、日にちが空いてしまいました。。さて、先日のことなんですが、北海道の屈斜路湖でリバーカヌーやキャンプ、自然体験プログラムを体験できる「屈斜路湖ガイドステーションわっか」の代表の木名瀬さんが須野町の家に遊びに来て下さいました。現在僕が制作のほうに携わっている熊野のフリーペーパー「KUMANO JOURNAL」をこちらのわっかさんに置いて頂いてる関係で、そして(熊野からも近い紀伊半島南部を流れる北上川は実はカヌーのメッカだそうで)よく紀伊半島のほうにも来られているそうで、さらに現在僕たちがやっている須野町の移住のことにも興味をもって下さり、先日わざわざ足を運んで下さったのでした。今回初めてお逢いしたのですが、実は昨年の夏に北海道をリヤカーで旅した時に、わっかさんのある屈斜路湖近くの道を(ほんとに近くを)歩いていたのです。
お逢いしたその日はその後もいろいろ予定が詰まっていて会ってお話させてもらった時間は2時間ほどと短い間でしたが、とても有意義で楽しく、いろいろと面白いお話を聴かして頂きました。(ありがとうございました!)


木名瀬さん、お話を聞くと、この「屈斜路湖ガイドステーションわっか」だけでなく、その他にも1995年の阪神淡路大震災の支援から始まり2011年の東日本大震災の被災地支援や、様々なプロジェクトや社会貢献活動をやっておられる実にすごい方で…、お話の中で、これからお金というものの価値が無くなっていく中での新しい社会の雛形作りを様々な活動を通してやっておられるように感じました。
お話した時間が短かったんで、そんなに踏み込んだお話はできませんでしたが、僕自身も以前から考えていたり、たまにブログにも書いたりしてるような全く同じような考えを持っておられる気がして、これからの時代に大切なことは、お金や国に頼ることじゃなく、小さなことでいいので一人一人ができることをやり、同じ想いを持った人が実際に繋がっていき、そういう個人個人の繋がりがやがて大きな渦となり、上からでなく下から社会が変わっていくんだと思っていて、そういう想いを心の奥底で分かり合える方と先日出逢えてとてもうれしかったです。

話しの中で、岩手県石巻市の沖合の島、網地島(あじしま)で2011年にこちらの島に移り住みパーマカルチャーを取り入れたエコビレッジ構想と島の復興活動をやっておられるご夫婦のお話や、東日本大震災で生まれた故郷を追われ、いま現在も全国の仮設住宅で暮らす人が26万人もいるというお話や(僕もリヤカーで昨年東北を歩いた時に公園などの隅にあるたくさんの仮設住宅を見ていたので、リアルにこの数字が胸に響いてきます…)、その他、仮設住宅などで電気自動車をカーシェアリングするプロジェクトのお話なども聞かせて頂きました。

それから、自分は知らなかったんですが、普通のガソリン自動車を、DIYで割と簡単に電気自動車に変えることができるそうで(!)、この講習会が各地で行われているそうなんです。「電気自動車 自作」などで検索するとそういう自作で電気自動車に変えたというホームページが検索結果に出てきます。


僕個人としては数年前から、電気を自分で作ることにとても興味があって、実際に2年前は太陽光パネルの電気だけで生活していたこともありますし(こちら)、リヤカーの旅の時にもリヤカーの屋根に太陽光パネルを載せ、その電気で携帯の充電やPCの電気を賄っていたし、太陽光発電だけじゃなく、小水力発電や温度差発電、バイオマス発電など、何度もこのブログでご紹介してる「里山資本主義」の本にも事例が出ていましたが、電力会社に頼らず実際に自分たちで電気を作りだそうとする流れは、少しづつですが確実に生まれて来てるわけで、もしも電気が自分達で作れて、そして電気自動車も作れてとなると、一部の利権者のために今まで石油やガゾリンというものに依存させられている僕たちの暮らしが、少しづつ変わっていくのではないでしょうか。


昭和30年代頃以前、何千年に渡り、日本中の里山では当たり前に自分達で自給をしていた衣食住エネルギーを、もう一度自分たちの手に取り戻していくことができれば・・・、そんなことを想うと、なんだか楽しくてワクワクしてきます。僕自身は、この小さな集落の須野町で、そういう新しい時代のライフスタイル、循環型持続可能型社会の雛形を、自分の人生を楽しみながらワクワクしながら作っていくことができればと思っています。机の前に座って頭で考えているよりも、まずは実践ということで。




さて、改装中の現在の家の様子を。
前回のブログ記事にも書きましたが、砂壁の上に漆喰を塗っています。マスキングテープで外側をマスクし、下地剤がいらない漆喰なのでまずは水で薄めた漆喰を刷毛で塗って1日乾かしたあと、本塗りをするという塗り方です。





古民家の壁が白く生まれ変わりました。こうなると天井の合板の板に、なんとなく違和感を感じます。。



※4年に1度ホントに楽しみにしてるサッカーのワールカップが先日開幕しました。前回の優勝国はスペインでしたが、実は事前予想で優勝する国はスペインだと言ってて見事に当てたんですが、今回は優勝国は…ブラジル、そして願望も含めて日本が3位に入るという予想をしておきます(笑)。



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先日のことですが、僕がリヤカー旅の途中、三重県鈴鹿市でお世話になり、1週間ほど家に滞在させてもらい、それからはもう家族のように仲良くさせてもらっている河合さんが、スーパーカブに乗って、鈴鹿から熊野に遊びに来てくれました。

→最初の出逢いの時のブログ記事

「マサーヤンに見せたいものがある」と、持ってきてもらったモノがあって、それをぜひブログで紹介させてもらいたいと思ったので紹介させてもらいます。

ナメタケの瓶の中に、廃油となった天ぷら油が入っていて、そこにワインのコルクをカットしたものが浮かんでいます。コルクには(ハムなどを巻く)凧糸が通してあり、コルク表面にはアルミホイルが巻いてあります。これは、河合さんが独自で考えたという、廃油ランプです。
廃油をロウソクのように固めて作る廃油キャンドルというのがありますが、これはそこまで手間をかけずとも、家にあるものですぐに作れてしまうキャンドルです。
ナメタケの瓶の蓋をすれば瓶ごと持ち運べて、アウトドアとかでもすぐに使えそうで、野外で風が吹いても火が消えないので、あと非常時とかにもいいかもしれません。これにアロマオイルなどをたらせば、アロマキャンドルにもなるのかも(?)。いや~これは面白いなと感動したので、ブログで紹介させてもらいました。
家にあるものだけで、そして廃油という本来捨ててしまうゴミとなるもので、こんなものができてしまうとは、すごいです。既存の製品をすぐにお店で買うよりも、アイデアと工夫次第でゴミや捨ててしまうものがこのように生まれ変わる…、そのようなものがもっと他にもたくさんあるのかもしれません。なによりこういうアイデアを考え、いろいろ作ったりすることは楽しいですよね。




そして次の日には、河合さんと須野町の改装中の家に一緒に行き、作業を手伝ってもらいました。この日、手をつけたところは、壁部分。



モルタルの上に砂壁を塗っていた箇所があり、まずはこの砂壁を削り落としていきます。(土壁の上に砂壁が塗ってあるところと、モルタルの上に砂壁が塗ってあるところがあるのです)



そしてその上から真っ白な漆喰を塗っていきます。実家が大工という家で育った河合さん、さすが手つきがプロでした。河合さんに手伝ってもらって、いろいろと勉強になりました。(ありがとうございます!)



そして仕上がった、漆喰の壁。感動ものです。。
壁部分はまだまだたくさんあるので、これからボチボチと漆喰の壁へと塗り替えていきます!





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さて、先日、和歌山県の潮岬(本州最南端の地、リヤカー旅第2章終点の地)で行われた『ハッピーアイランド fes in 潮岬(チャリティーライブと手作り市)』という、チャリティーイベントに遊びに行って来ました。
20店舗近くのオーガニック系のマーケットの出店があったり、バンドや弾き語りや地元の高校生の吹奏楽部のライブ演奏などもあり、手作り感のあるアットホームな素敵なイベントでした。むかし住んでいた千葉県の房総のほうでは、こういった手作りマーケット、オーガニック系のイベントやマルシュは各地でたくさん行われていましたが、紀伊半島南部のこのあたりでも、ここ2~3年前からこういったイベントが行われるようになってきたそうです。


このイベント開催の趣旨について、チラシに以下の文章が書いてありました。

「ハッピーアイランド fes in 潮岬は、福島の子供たちを保養のために南紀に呼ぶ資金を集めることを目的としたチャリティーイベントです。子供たちが安心して土に触れ、生き生きと遊び、免疫力と生命力を高める機会を作りたいと思います。串本で、これからの地域の活性化の可能性を広げ、福島との架け橋となるようなイベントをつくっていきたいという気持ちから始まりました。」

素晴らしい趣旨だと思いました。










さて、会場では、以前から噂を聞いていた、和歌山県新宮市のアジアの服・雑貨・無添加たこ焼きのお店ティピパオさんや、ブログ内容が面白くて以前からブログを読んでいた(実際には面識はなかったんですが)らいおん食堂さんや、熊野にくらす作り手たちの小さな市・イコラポカラを主催されいるご夫婦、熊野でこれから音楽イベントを主催しようとしてるご夫婦などなどその他、たくさんの素敵なおもしろい人達との出逢いがありました。

以前ブログ記事にも書きましたが、これからの時代に必要なのは(特に地方に)、カフェと手作りマーケットだと個人的に言い続けていますが(笑)、こういうイベントやマーケットが日本の各地にもっと増えていくといいですね。
オーガニック、エコ、農的ライフスタイルなどにあまり興味がなかった人達にも、こういったイベントをきっかけにそれがどんどんと広がっていけばいいなと思います。




そして昨日のことなんですが、以前にもブログ記事に書かせてもらいましたが、和歌山県熊野川町にある、廃校となった小学校の校舎を改装して作られたカフェBookcafe kujuさん隣にあるパン屋さん「パン むぎとし」さんのパンをついに食べることができました。

こちらのパンは全粒粉パンで、つまり精製された小麦粉を使わず、麦100%の全粒粉から作られたパンです。ご飯で言うところの白ごはんではなく、玄米ご飯のパンバージョンです。
玄米と同じで小麦の胚芽もふすまもすべて中に含まれているので、食物繊維や栄養価も当然高く、しかもコンビニやスーパーなどで買う全国流通のヤマ○キパンなどと違って添加物など当然入ってないし、ほんの一切れ食べるだけでも腹持ちが全然違いますね。パンっていうのは腹もちが悪く、食べてもすぐお腹がすくというイメージでしたが、これは全然違います。そしてなにより、美味いです!
今までパンというものにこだわりはなく、なんでも同じというか、パンについて知識があまりなくて…、でも実際に食べてみたら一発で全粒粉パンのファンになりました。むぎとしさん、ありがとうございました!




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今日のブログ記事もこれから移住する家の改装の様子をお伝えします。このブログを以前から読んで下さってる方々の中には、リヤカーで旅をしてたのに突然なんで熊野に住むことになったのか、もしかしたら不思議に思われてる方もいるかもしれません。
そのことについて旅が終わった後のブログ記事の中で、おおまかには説明させてもらってますが、詳しい理由や詳細についてはまだ書いてなかったと思いますので、また今後近々、詳しく説明できる時期が来たらブログの中に書かせてもらおうと思います。
そして今までの人生の中で、縁もゆかりもなかった熊野という所になぜ自分が住むことになったのか(紀伊半島には子供の頃から旅行や海水浴などで鳥羽や志摩、白浜などにはよく来てたのですが、熊野には来たことがなかったんです)、そしてこれは自分の勝手な思い込みかもしれませんが(汗)、何かをやるため、何かの役割や使命?のようなものがあって、この熊野の地に導かれ、じっくり腰をすえてその使命を果たすために、この地で落ち着くことになったのかな?なんて思いがずっとあって(おそらく勝手な思い込みだと思いますが・笑)

それらのことの意味が何となく…分かりかけてきたので、これについてもまた書かせてもらいたいです。

というわけで、この日の改装作業の内容はと言うと、天井落としをやりました。天井を剥がして、昔の古民家の時の状態に戻します。





この日は、僕が熊野にやってきた当初から何度かお逢いしてて、以前からいろいろとお世話になってるサーファー&サーフボードシェイパーのOさんが改装作業のお手伝いに来て下さいました。ありがとうございますm(__)m

これまたほんとにお世話になりっぱなしでいくら感謝をしてもし足りないんですが…家主の濱田さんも作業のお手伝いに来て頂き、まずは3人で、家の中のタンスなど重たいものを倉庫のほうに運びます。
この細い路地が須野町の銀座通りと呼ばれているメインストリートです。





倉庫にタンスを運び終わると、ご近所の佐川さんが「おおっ、やっとるね~」と遊びに来て下さいました。





「昔ばあちゃんが、雨の日にここでわらじを作っとったんなあ。藁をこの石で叩いとったよ」
と濱田さんが石を見せてくれました。なにげない一つの石ですが、歴史が思い出が、先人の知恵が…、様々なものが詰まっています。





そして天井剥がし作業へ。合板の天井板をばりばりと剥がしていきます。








予想どおり、いい感じの梁が天井裏に隠れていました。これでだいぶ雰囲気が変わりました。これから壁に漆喰を塗っていく予定です。















床はどうするかと言うと、畳をはがして床板を張っていきます。
一部屋だけ、床板を張らなくても、そのまま使えそうないい感じの無垢の床板が張ってありました。やっぱり合板よりも無垢材…です。







そして前回のブログ記事で書いた、家の前の庭のコンクリを剥がす大変な作業を、僕らが作業に来てない日に、ご近所の佐川さんが「やっといたよ~」とご好意でやって下さってたみたいで…、2日がかりでわずかの面積しか剥がせなかったのに、驚くことにほとんど終わっていました。ほんとに感謝感謝です、ありがとうございます。。

現在の家の外観です。
最初の時の外観と比べると、だいぶ雰囲気が変わりました。
もうしばらく、家の改装作業は続きます!



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さて、今日のブログ記事は、シリーズでお届けしてる須野町移住計画です。今日手をつけた所は、家の前の庭?部分が、コンクリートで覆われているので、ここをもっと素敵にしたいなということで、ちょっとした畑をしたり草や木を植えて家の前にもっと緑を増やしたいと思ったので、このコンクリートを剥がしていきます。


道路工事の現場などで見かけるハツリ機とかはないので、手作業でハンマーでひたすらぶっ叩いていくという原始的な方法(笑)


なかなか分厚いコンクリが、目の前に立ちはだかります。

う~


お~


りゃ~!


この作業をひたすら繰り返します。腰がもうヤバイです(笑)




コンクリ剥がし作業の合間に気分転換にと、先日家主の濱田さんに張って頂いた杉板の上に柿渋を塗っていきます。柿渋とは、しぶ柿の果汁を発酵、長期間熟成させた日本の伝統的な天然塗料です。これを塗ることにより、太陽に照らされ時間が経過するといい感じの褐色に杉板が変化していくはずです。天然素材なので環境にもやさしく体にも安心です。出来る限りこういった昔ながらの自然素材の材料を使っていきたいですね。
そしてこの柿渋ですが、購入するためネット通販で買えるところを探していたところ、鈴鹿市のほうに伊勢型紙の会社があり、そこがこの柿渋も販売していたのでそこから買いました。これまた、たまたまなのかわかりませんが、、このブログを以前から読んで頂いてる方はご存知かと思いますが、鈴鹿にはどうもご縁がありますね。
伊勢型紙とは、着物などの柄や模様を染める時に使う型紙で、柿渋によって張り合わせた和紙を彫刻刀で彫っていくもので、単に型紙としてだけでなくその図柄の芸術性が評価されて、重要無形文化財として美術工芸品などにも使われているそうで、この伊勢型紙の産地として鈴鹿市が昔から有名なんだそうです。
さあ、この杉板がこれからどのように変わっていくのか、楽しみです。



そしてコンクリ剥がしですが、2日間の作業でようやくここまで剥がし終わりました。なんだか土が出てくると嬉しくなります。
まあ、あせらずぼちぼちと進めていきます。2日間とも晩ご飯の時のビールが、極上に美味しかったことは言うまでもありません(笑)。




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「天然生活」という雑誌がありますが、本屋さんで立ち読みをする時にも、たいてい女性雑誌コーナーに置いてあり、DIYやアウトドア系や男性誌の雑誌を立ち読みしてる僕のようなおっさんには(笑)、いままで縁遠い雑誌でした。
いま住んでる家に「天然生活」が置いてあって、先日パラパラと読んでいたんですが、オシャレなエコ生活を紹介するだけの雑誌なのかと思っていたら、
最近よくブログに書いている、日本の里山の現状とか問題点のこととか、その他いろいろ、う~んと唸ってしまうような、これはなかなか硬派というか、素晴らしい内容が書かれてありまして…
その雑誌の中で見つけた内容を今日はシェアさせてもらおうと思います。




2010年の7月号のものなんですが、
『知っていますか?新しいエコ素材』と題して、
昔から人々が暮らしのなかで賢く使ってきた、米ぬか、竹、ヘンプというこれらの天然の素材は、実はエコロジー素材であり、そんな”懐かしくて、新しい”3つの力を紹介します。という記事内容でした。

米ぬかには実はいろんな用途があったんですね~知らなかった。。入浴剤、石けん、食器洗剤、ワックス、ふりかけ、クッキー、ホットミルク、白玉などに利用できるそうで、その次には竹のいろんな用途について書かれてありました。弁当箱、お茶、ざる、竹皮、調理具、竹酢液、靴下、竹踏み、タオルなどなど、これまたすごい素材です。そして竹と同じように、これからの新しい時代に必須となる天然素材として個人的にも以前から注目をしてたヘンプについて書かれてありました。

その内容を以下に、丸ごと抜粋させて頂きます。




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温故知新の万能「ヘンプ」

ヘンプはアサ科の1年草、日本語では「大麻」です。大麻=マリファナと連想する人も多いかもしれませんが、それはあまりに早合点というもの。現在、商品として流通している原料のヘンプとは、生化学的分類が異なります(ちなみに、『麻』は亜麻「リネン」、苧麻「ラミー」、黄麻「ジュート」などを含めてさすこともありますが、これらはそれぞれ、アマ科、イラクサ科、シナノキ科と、別種の植物です)。
 縄文時代の遺跡から麻の繊維や種子が発見されていることからもわかるように、日本人は太古の昔からヘンプに親しんできました。
バイオマスとしてのヘンプ普及を訴える赤星栄志さんによれば、私たちの暮らしからヘンプが消えたのは、「日本人が伝統的な暮らしをしなくなってから」。実は下駄にも畳にも花火にも蚊帳にも、ヘンプ素材が必須だったのです。戦後、麻栽培が免許制になった影響でヘンプ農家はどんどん減り、現在の国内の作付面積はわずか10ヘクタール足らずといいます。
農薬などの化学肥料は不要の強い植物、存在そのものがオーガニックともいえるヘンプは、100日で3~4mに生長。環境負荷が低く、バイオマスエネルギーとして、いま世界的に注目されています。また、茎、葉、実と丸ごと利用でき、生活用品や工業用品、食べ物や医薬品など、ヘンプを原料に2万5000種類ものプロダクトをつくることが可能です。
 石油をベースにした現代社会は地球に大きな負荷をかけ、有限の地下資源=石油の代替素材が早急に求められています。そのひとつのものとしてもヘンプは有力候補。
「ヘンプは、砂漠、氷雪原、ツンドラ気候の地域を除けば、世界中で栽培できる植物。つまり、ある地域や国がその資源を独占できないということです。地産地消の循環型社会の実現に有利なんですね」
 1万年前から日本人の暮らしになくてはならなかったのに、たった数十年の間に生活から遠ざかってしまったヘンプ。それはひいては、人間そのもののシステムが変り、地球環境から人間だけが勝手に独立してしまったことを意味しています。「ヘンプを見直すことが、地球と私たち人間との関係を再認識することにつながる」と赤星さん。「生活にヘンプを取り入れること自体はささやかな行為ですが、それは石油社会から脱却し、新しい時代をつくるきっかけにつながっていく。そうした思想的背景をもちうる点が、他の天然素材と一線を画している要素なのです」。知れば知るほど使わない手はない究極のエコ素材、それがヘンプなのです。

《お話を聴いた人》
赤星栄志さん
Hemp Revo.Inc.代表、NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク理事、NPO法人ヘンプ製品普及協会理事。イベントや講演などの活動を通じ、日本人が古来親しんできたヘンプの社会復帰に尽力。著書に『ヘンプがわかる55の質問』(日本麻協会)、『ヘンプ読本 ー 麻でエコ生活のススメ』(築地書房)など。
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大麻が大昔から日本人の生活になくてはならない植物であり、石油製品や石油燃料を普及させてお金を儲けたい人達により第二次大戦後に大麻が法律で禁止され、僕たちの暮らしの中から遠い存在となってしまったことは、今では多くの人たちの間で知られていることですが、、
昨年の夏、北海道をリヤカーで旅してる時に、札幌から江別に行く途中、大麻(おおあさ)という町があり、JRの駅名も大麻駅という駅があり、最初その標識と駅名を見たときびっくりしましたが、多分むかしこの辺りで大麻栽培が盛んだったからこの地名が付いたのかな~なんて勝手に想像してましたが、そうなんですよね、むかしから日本人の暮らしの中に普通にあったものなんですよね。

まずは一人でも多くの人が、「大麻=悪」という誤った認識を変えることが、大麻普及、しいては循環型社会、持続可能型社会の到来、さらに大きく言うと地球が優良星となっていくことに繋がると信じて…、今日はブログ記事にさせてもらいました。


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前々回のブログ記事で、昭和30年ぐらいまでの里山里海で自然と共に生きる日本人の生活の知恵、地域の絆を大切に常に次代のことを考え、燃料や食料や水を地域で自給し持続可能的な暮らしを実践してた昔の人の暮らしの素晴らしさをお伝えしましたが、ちょっと補足的な意味合いで個人的意見を追加しますと、まるごと昔の人がやっていたような暮らしに戻ろう!というのではなく、各地域で循環型で持続可能的な生活をしていくという基本的な考えやベースを元に戻し、その上で現代の新しい技術(新エネルギーシステム、微生物による浄化・循環システム…etc)を活用しながら、そしてそんな暮らしに、「楽しさ・面白さ・素敵さ・デザイン性・オシャレ・ワクワク感…」そういった新しく楽しい感性を加えていければ、、どんなに素晴らしいだろうと思うのです。

自然を壊すことなく持続可能的で循環型の生活をやっていても、そこにつらさやしんどさや我慢があったのであれば、続かないしそれをやりたいと思う人も増えないでしょう。

そういう意味で、これは以前から思っていて昔ブログにも書いたような気がしますが、そういったこれからの時代の持続可能的な循環型生活(農ライフ)プラス、さらに必要なものは、カフェと手作りマーケットではないかと思っています。
人が集まる場所であり、オシャレで楽しくて、オーガニックな人や情報が溢れていて、、そんなカフェと手作りマーケットが各地域に必要ではないかと思ってます。

ちょっと前ふりが長くなってしまいましたが…(笑)、先日そんなオシャレなカフェに行ってきたのです。今自分が住んでいる熊野市には現在そういうカフェがないようで、お隣のお隣の町、和歌山県の那智勝浦に1年半ほど前にそんなオシャレな素敵なカフェができたという噂を聞きつけて、先日行って来ました。

cafeアマアイ ~雨間~さん
http://amaai.net/





都会では珍しくありませんが、地方や田舎ではこういったカフェの絶対数が少なくて、でも地方や田舎にこそぜひ、こういうカフェが必要ではないかと思ってます。


元パチンコ屋だったという建物を若いオーナーさんが、床や壁などをご自分で塗っていって手を入れていったという内装が、これまた素敵でかっこいい空間でした。
今改装中の須野町の古民家リノベーションにたくさんのヒントを頂きました。


















ランチがまた激ウマでした!マグロのカツにタルタルソースのようなソースが。





これから移住する須野町にも、いつかぜひこういうカフェが一軒できることを夢見ています(笑)(元小学校だった校舎があります)




そしてそのあと、同じく那智勝浦で行われた、以前もブログでご紹介させて頂きました(こちら)、ご夫婦で藍染めをやっておられる「そめやなないろ」さんのライブに行って来ました。

手前に架けてある布掛け軸ですが、藍染めだけでこの美しい藍色のグラディエーションを表現されています、、すごいです。





そしてライブがまた本当に素晴らしくて、ご夫婦ならではの息のぴったりとあった素敵な演奏、美しい音色…、至福のひとときを過ごさしてもらいました。


フジババさん(旦那さん)がMCでおっしゃってた・・・

「昔からずっとレゲエバンドをやってきたんですが、ある程度の年齢になると回りから、いつまでそんなことやってんねん!と言われ肩身の狭い思いを長いことしてきましたが、藍染めをやるようになってから、いいことやってますねいつまでも続けて下さいねと言われるようになりました。不思議なもんですね(苦笑)。藍染めも音楽ももちろんどちらも続けていきますよ」
という言葉にものすごく共感しました(笑)
ありがとうございました!m(__)m



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須野町移住計画の4日目です。これから移住をする須野町ですが、今住んでいる家から車で40分ぐらいの場所にあり、毎日通っているわけではなく、時間を見つけて通っては、ぼちぼちと移住計画を進めています。
現在も家の改装作業は続いています。お金があれば、この改装作業も業者さんに頼んだりというパターンもありますが、例えお金があったとしても、自分達が住む家に自分達で手をいれて改装していくという喜びと楽しさ…、プライスレスです(笑)。なにより愛着が涌くと思います。



現在の家の正面です。土壁を隠すように覆われていたトタン板を大方剥がし終わりました。電気のメーター部分のトタンだけまだ残っています。トタンの上から電気のメーターが貼り付けてあり、素人がこのメーターを勝手に外してしまっていいのか…(汗)分からなかったんで、ひとまず保留にしてあります。
やっぱり土壁が見えたほうがいいですね。土壁もまた補修して漆喰などを塗り直さないといけませんが、この作業もまた楽しみです。


そして写真左側部分の窓の下に、この家を貸して頂いてる家主であり、須野町の町長、濱田さんに杉板を張って頂きました。しばらくぶりに、須野町にやってくると、いつの間にかこの美しい杉板が張ってあり、びっくりだったんですが、ほんとにありがたいことです。濱田さんもこの家の改装作業をめちゃめちゃ楽しんで頂いてて、うれしい限りです。一緒に喜んで作業を手伝ってくれる家主さんって普通いませんよね(笑)。
そしてこの杉板を張ったあとには、近所に住む佐川さんというお父さんが、ご好意で防腐剤を塗っておいて下さったようで、これまたありがたいことです。
現在の須野町の全人口3人ですが、早くも地域にとけ込み始めています、たぶん(笑)



この日次に手をつけたのは玄関の天井部分です。例により合板のモダンな板で覆われていた天井板をぶち抜いていきます。





天井のすぐ下の壁を手で触ると、ボロボロと壁紙剤が剥がれてしまったので、全部剥がしてみることに。この壁部分だけモルタル(コンクリート)の上に、この壁紙剤が張ってあり、そのすぐ下の壁は土壁の上にこの壁紙剤が張ってあり、なるほど、以前に古民家から現代風の家にリフォームした時に、上の壁にモルタルを流しこんでいたようです。




そして天井をぶち抜いてみると、むかし囲炉裏の煙で燻され、なんとも味わいのある色合いに変わった昔の天井と梁が出てきました。
この天井を剥がす作業の時に見つけたんですが、古民家を現代風に改装した時に使用した新しい角材などがシロアリに食われてぼろぼろになってた箇所があり、でも昔の囲炉裏の煙で燻された梁などはなんともない様子で、こんな所を見ても、やっぱり昔のものは、長い年月の中で培われた知恵が凝縮されていて、やはり持続可能型というか、長く世に残すことを前提としてつくられています。


使い捨て、今だけ、お金だけ、自然破壊より経済成長…
という今の世の中が正しいのか、それとも前回のブログ記事にも書きましたが、良いものを長く、常に次代のことを考え、自然環境を壊すことなどなく、お金よりも地域の繋がり、絆、助け合い分かち合い、が日本中の各地域に当たり前にあった昭和30年ぐらいまでの昔の日本人の価値観…
さて…どちらが正しいのでしょうか。




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