限界集落で何十年かぶりのお米作りにチャレンジ。 | マサーヤンのブログ

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前回のブログ記事でお知らせしていた、第1回須野マルシェ with おはらからいまつりはどうなったのかと言いますと、このブログ上ではすっかりご報告が遅くなってしまいましたが…(汗)、当日は雨にもかかわらず、人口5人の須野町になんと100人以上のお客様が来て下さいました。

出店者のみなさん達と限りなく身内内でまずは須野での初マルシェ、楽しんでやってみましょうなんて話していたところ、蓋をあけてみると、予想外のお客様の数にびっくり&感謝感動の一日でした。滝本ヨウさん、東野ケンイチさん、出店者のみなさん、来て下さったお客様、すべての皆様、本当にありがとうございましたm(_ _)m
その日の模様ですが、詳しくはこちら木花堂ブログのほうに書いてありますので。→こちら



そして4月に入り、これは全国的にもそうだと思いますが、ここ三重県熊野市でも天気が安定せず毎日雨が降り続き、なかなか畑仕事や外仕事ができない日々が続きました。。
たぶん4月に入ってから今日までの時点で、太陽が顔を出して気持ちよく晴れたという日は、合計5日ぐらいではないかと…(笑)。

そんな中でも、今年からここ須野町で田んぼを始めるため、天気の良い日に、田んぼの開墾作業をやっています。


2011年に千葉県の南房総市千倉で、休耕田をお借りして、田んぼをやったのが僕の中で人生で初めての田んぼでした。
農家ではないのですが20年以上前から、自分の家族分のお米は自分で作っているという(すごい!)、田んぼの師匠と呼んでいる方にいろいろ教えてもらったりお世話になって、初めてやった稲作。
初年度はやっぱり全てが初めての経験だったのでなかなか思うようにいかず、その年の秋に収穫後できたお米の総量はわずか5kgという惨敗でしたが、、それでも自分で一から作って収穫して、薪の火で炊いたご飯を、一口、口に入れた瞬間、そこまでの苦労がフラッシュバックして、ほんとに美味しくて嬉しくて涙が流れました(笑)

その翌年は、もう少し広い田んぼをお借りして、前年の失敗を踏まえて、いろいろとやってみると、ひと家族が一年間暮らしていけるぐらいの十分なお米を収穫することができました。そしてその次の年には、リヤカーで旅に出たので、田んぼはやっていないのですが。

ということで、昨年の7月に移り住んだ、人口五人の限界集落、ここ須野町で、おそらく何十年ぶりだと思いますが、海沿いに広がる棚田跡の一部をお借りして、今年から田んぼをやってみたいと思います。



↓こちら、貸していただけることになった、元田んぼ跡


↓耕うん機がない(機械が入れない)ので、手作業での開墾です。


↓長い間、休耕田だった土地。初年度の今年は思ったような収穫を得られないかもしれません。失敗することもあるかもしれませんが、、まずはやってみるということが大事かと。長いスパンでの田んぼとしての土づくりをやっていきたいと思います。



木花堂で発行しているフリーペーパー、クマノジャーナル内で、「すの便り」という須野町での僕達の暮らしぶりを綴っていくコーナーがあって、前号の「すの便り」は僕が執筆したのですが、ちょうど、須野町の田んぼのことについて書いた内容だったので、最後に、その内容を転載させていただきますm(_ _)m




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「すの便り」
熊野ジャーナル読者の皆様、はじめまして。編集部の志水昌幸ことマサーヤンと申します。昨年の夏から熊野ジャーナルの制作に携わらせてもらってから今号で三回目となりました。もともとはギターを弾いて歌いながらリヤカーで日本一周の旅をやっていた旅人だったのですが、ここ熊野の地で木花堂の店主ならびに熊野ジャーナル編集長の咲恵ちゃんと出逢い結婚。そして今は夫婦二人で熊野市の北のはずれにある人口五人の限界集落、須野町で暮らしています。
 前号よりスタートした僕たち二人の須野町での暮らしぶりを綴っていくこの「すの便り」、今回で二回目となりますが今回の執筆担当はわたくしマサーヤンが書かせていただきます。
 前回の「すの便り」でも書いてましたが、限界集落で暮らしてるというと、少なからずの人に「思いきりましたね」とか「不便じゃないですか」と聞かれることがあります。が、もともと昔から自給自足的な暮らしに憧れていて、実際に2011年から2年間ほど、千葉県鴨川市で古民家を借りて田んぼでお米をつくり、畑で野菜を作り、森の間伐材の薪を暖房や調理に使ったり、ソーラーパネルで電気を自給したり…、そういう暮らしをやっていたので、今回、限界集落に住むことにも特に思い切ったことをしている感覚はありませんでした。
 ご存知の方も多いかもしれませんが、2013年7月に出版されベストセラーになり、たびたびNHKでもシリーズで取り上げられて話題となった「里山資本主義」という本があります。一年ほど前たまたま手にとって読んでから、大変感銘を受けて、それからしつこいぐらいに(笑)いろんな人にオススメしているのですが、ご存知ない方のためにこの本の内容を簡単にご説明しますと、「里山資本主義」とは…、お金というものにすべてを依存したマネー資本主義社会に対する概念で、日本中の里山にはお金に換えられない資源、例えば田畑で耕したお米や野菜、エネルギー資源、人とのつながり…などなどほんとに大切なたくさんの資源が眠っていて、お金というものにすべてを依存するばかりでなく、そうした里山に眠っている資源をもう一度見直しましょう、簡単に言うとそういう内容の本なのですが、確かにもともと昭和30年代よりはるか大昔まで、日本中の各集落では、そこで田んぼや畑を耕し、食やエネルギーのほとんどをその地域内で自給していました。
 今住んでいる須野町にも、今は杉や雑木で覆われていますが、かつての棚田跡が海沿いに広がっています。今年の僕たちの目標の一つとして、この棚田跡の田んぼの一つをお借りして再び開墾し、須野町でお米をつくること。そして夢は、いつかこの須野の海沿いに広がる美しい棚田がかつてのように復活し、ひいては日本中の里山に人々が帰り、昔ながらの美しい里山の風景が再び日本中に広がっていくこと…
須野の碧い海と空を見つめ、そんなことを夢想しています。