マサーヤンのブログ

マサーヤンのブログ

農ライフミュージシャン・マサーヤンのブログです。



ブログを書いてなかった頃は全然そうは思わなかったのに、ブログを書き始めると不思議なことに書きたい内容がどんどんと頭の中に浮かんで来て、最近は書きたい欲求が止まりません(現在、1歳5ヶ月の息子のお昼寝の寝かしつけを家の離れの部屋でやっていて、この息子が寝ている時間がブログを書くのにちょうどいいんです)。

ブログを書き始めたら書きたいことがどんどん出てくる現象って、これって不思議なことではなく宇宙は常に循環しているという宇宙の法則から考えたら合点がいくことで、ブログを書くという行動を自ら起こす、それは自分からエネルギーや波動を出すという行為なので、出せば入ってくるということなのかなと。

考えてみるとこの「出す」という行為はとても大事なことだなあと思うのです。前回ブログで書いたお金の話でもそうですが、ありがとうと良い氣持ちでお金を循環させると良いお金がまた巡ってきます。

人間の体でもそうですよね。とかく現代社会ではテレビの健康食品の通販や、これを食べるのが体に良いという定期的なブームが起きて、やれ〇〇だやれ〇〇をたくさん摂ろうと喧伝され、とにかく食べることばかりがクローズアップされます。

でも多くの人の腸内環境は食品添加物満載、ポストハーベストの小麦過多の食事で悲鳴をあげています。腸内環境は人間の脳と直結してるという話も聞きます。だから食べることよりも先にデトックスというか、「出す」ことが重要だと思うのです。

ブログの文章を書いたり、人に話しをすることなども自分から「出す」という行為ですが、その前には「自分の頭で考えたり自分の心で思う」という行為が必要で、どういうエネルギーや波動を出すかの前提となる、この「自分の頭で考えたり自分の心で思う」ことがまたとても大事なことかなと。

個人的なことを書きますと、この「自分の頭で考える自分の心で思う」ということをずっと昔から人一倍意識して生きてきたつもりです。そのきっかけは今からちょうど30年前の大学一年生の19歳の時に、肺結核とC型肝炎をダブルで患いまして二ヶ月間入院するという出来事が起こり(→マサーヤンの公式サイトにめちゃめちゃ詳しく書いてます)、その時に生と死というものを病院のベッドでとことん考え、その時から『人に何と言われようと、人に何と思われようとも、自分の人生は自分が100%納得できるように生きよう。』と決めて、大学を卒業してからも、訳の分からない常識や世間体や人生とはこうあるべきだという一般論に洗脳されてたまるか、「俺は自分の人生を生きるんだ」と思いながら生きてきました。そのおかげで、今までを振り返ってもなかなか変わったユニークな独特な人生を歩んできたようです、笑。

そんな独特の人生を歩んできたつもりの自分からみると、この社会の洗脳システム(あえてそう言ってしまいますが)ってほんとすごいなあと思うのです。まず学校の教育というものは、答えありきで答えをどれだけ暗記するかで成績の優劣が決まり、自分の頭で答えを考える訓練を全くしません。あと、多くの人はテレビやマスコミの一方的に垂れ流される情報を鵜呑みにし自分の頭で考える余地すらありません。

個人的には2003年からテレビをみるのを止め、それからは世の中の動きを知るためにネットのヤフーニュースなどでニュースだけはチェックしてたんですが、今年の春ごろからネットのニュースをチェックするのもやめました。距離を置いて客観的に世の中のニュースだけはチェックしてたつもりですが、暗いニュースやあからさまに恐怖を煽るニュースに少なからず自分の氣持ちが影響されていたことに氣づき、それからはネットのニュースすらチェックしなくなりました。でもだからと言って現在なんの不自由なことも困ったことありません。あえて氣持ちが暗くなるものや波動の落ちるものを自分から無理してみる必要はなく、自分の氣持ちが明るくなるもの波動のあがるものだけみればいいと最近では思っています。

で、何が言いたいかと言いますと、現代社会に暮らす多くの人(自分も含めて)は、自分の頭で考えているようでいてそうじゃないことがたくさんあるなあということが言いたいのです。量子学的に考えると、自分が信じているものがその人の目の前の現実を創り出しているので、テレビやマスコミの情報を疑いなく信じているのならばその世界を生きることになりますし、自分の考えを持ち自分の感性や感覚とか自分自身を疑いなく信じているならば、その世界を生きることになります。

で個人的には昔から、テレビやマスコミの情報、誰かが言った2次情報、誰かが言ったことをまた聴きした情報、どこの誰が言ったか知らないような3次情報よりも、自分の目で見て自分の手で触って実際の自分の皮膚感覚で感じた1次情報を一番信頼して生きてました(だからこそリヤカーで日本一周歩いたりするのですが、笑)。

さらに、量子学や仏教的に見ればこの世はすべて幻、脳が創り出すバーチャルリアリティなので、自分の目で見たと言ってもそれすら曖昧なこと(笑)。だからましてや情報源の分からない2次3次情報を盲目に信じそれを自分の考えとしてしまうことは、とても残念なこと、もったいないことだなあと。誰しも人間一人一人の心の中心に万物創造の神の意識が宿ると自分では思っているので、人間が心の中で想像することはやがてそれは現実化します。だからそんなすごい力を人間一人一人が秘めているのに、その力を使わないのはもったいないなあと思うのです。

※自分がこういうことをブログに書いたからと言っても、あくまでマサーヤンはこういうことを考えたり思ったり信じているという2次情報ですので、笑。


前回のブログ記事でお金の話が出たので、お金というものについての自分の考え方を書いておきたいと思います。お金というものは何なのかを自分の頭でよ〜く考えることになったきっかけは、何度も書いてますが2003年ごろ自分改造計画を実行してた時に、ロバートキヨサキさんの有名な本「金持ち父さん貧乏父さん」を読んでから。

 それまではお金というものが何なのか自分の頭で考えたことすらなく、ましてや学校で習ったことも当然なく、多くの人と同じように自分の親が持っていたお金というものに対しての考え方をそのまま疑いなく信じていました。

 自分の親がお金に対して持っていた考え方は、どっちかと言うとわりと清貧思想というか、お金は汚いものだから貧しいほど清らかであるという考えでした。そして、お金は楽して稼いじゃいけない汗水垂らして苦労して稼ぐものという考え方でした。だから20代の頃は食うのに困るほどではないですが、お金…なかったですね、笑。

そして2003年の30代前半の頃に「金持ち父さん貧乏父さん」の本を読んで、お金というものは何なのかをそれまで考えたことすらなかったことに衝撃を受けました。それからお金についてのいろんな本を読み、お金とは何なのかを自分なりの頭で考えて、その時に答えは一応出ました。でも人生というものは知識では分かっても、やはり実体験が伴っていないとそれが智慧にならないので、その後の人生のいろんな実体験を経ながらお金というものについて勉強をしてきました。

お金とは何なのかと問われれば、今ならばはっきりと答えられます。それはエネルギーの一つであると。お金自体に良いも悪いもなく、ありがとうと良い氣持ちで循環させてあげればまた良いお金(エネルギー)が入ってくるけれど、不安や恐怖から溜め込むとそのエネルギーは滞ります。それは流れる水は腐らないけど溜まった水は腐敗するように。それが自然(宇宙)の法則なんだと思います。だから幸せなお金持ちの人はそのことを分かっていてそうします。

以前友達がフェイスブックでシェアしてたんですが、どこの記事だったか忘れましたが、「人は誰もがこの世に生まれた瞬間からお金教の信者になる」という内容でした。この記事を読んで、なるほど確かにそうだよなと思ったことがあります。現代社会ではお金が神であり絶対的なものです。世の人の多くの悩み、不安や恐れの原因はお金に起因することがほとんどです。誰もが幸せになるためにもっともっと欲しいとお金に翻弄されています。自分の今までの人生を振り返っても、お金にはほんとにいろいろと勉強をさせてもらいました(笑)。

でもよくよく考えてみたら、お金は神ではなく紙でありモノとモノの交換券です。お金自体には価値がなく、それに価値があるとみんなが思っているから価値があるわけで、「お金がないと生きていけない」とか「お金を稼がずにどうやって食っていくんだ」とか自分も若い頃さんざん周りの人に言われましたが、人はどうやって生きているのかと言えば、水を飲み空気を吸い食べ物を食べ、そして人と人とがつながり、愛と感謝のつながりの中で生きているからなわけで、お金のために経済発展のためにと人間が生きて行くために必要な水と空気と土を汚し、食べ物を産み出してくれる海や川や山などの自然環境を壊してしまってるのは本末転倒ですよね。

でもなんでそうなるのかは分かっています、それは一人一人の人間の中にある得体の知れぬ欠乏感、不足感、恐怖恐れ不安といった満たされない氣持ちがあるから。

時代が変わる大転換期では、それまでの時代の中では絶対的であればあったものほど次の時代では何の価値も持たなくなります。今までの時代では絶対的であったお金というものが次の時代では何の価値も持たなくなる可能性は大いにあると思っていて、でも個人的にはそのことを何も心配していません。

一粒万倍といって、春にまいた一粒のタネが秋には何倍もの実をつける、それが自然界というものです。ほんとにありがたいことに人間が生きていくために必要なものはこの世界の中にはすでに十二分に用意されています。

 得体の知れない不安や恐怖、不足感、欠乏感は一人一人の中にある分離意識が原因で、それを一人一人の中心にある万物創造の愛の意識にみんなが氣づいた時が、この世界はすべてが満たされていたんだとみんなが氣づく時、恐れや不安や恐怖は自分が創りだしていたんだ、そんなものはなかったんだと氣づく時。その時にはお金の価値がゼロになったとしても、もうそれは必要のないものになるでしょう。やはり人類が一つ上のステージに進むために今までのクリアすべき必ず通るべきステージには、お金というものが必要必然であったのだと思います。お金様、今まで本当にどうもありがとう。

…と散々偉そうなことを書きながらも、お金が必要な世界はまだまだ続く可能性もあるので、今現在どうやって現金収入を得て生活して行くかももちろん考えてます、笑。

今までも、わが家では田んぼでお米をつくったり畑で野菜をつくったり薪でお風呂を沸かしたり薪で調理をしたり自給自足を意識してやって来たつもりですが、前々回ブログにも書いたように2022年には資本主義が崩壊すると仮定し、じゃあ2022年以降の世界にもスムーズに移行できるようにと、できるだけ今のシステムやお金に依存しないで生活するために、現在の家計の支出を今一度見直してみることを最近やりました。電気水道光熱費、通信費、食費、その他もろもろ現在の家計の一個一個を見直してみて、お金を使わずに自給できるものはないかをもう一度考えてみました。

その中でも自給できそうなものはやはり結構ありまして、味噌、醤油、塩、納豆、卵、魚(本気で釣りにいく)、井戸水雨水利用、太陽光発電、カマドづくりなどその他もろもろまだまだありました。もちろんとは言え現在は現金が必要な世界ですし、それがまだまだ続いていくこともあるので、どうやって現金収入を得るかももちろん考えています。

まあ、これからどんな大変化が起きようと、世の中がこの世界がどのように転ぼうとも、頭の中身だけでなく、実際の生活もスムーズに対応できるようにと、題して『古い地球から新しい地球へ 〜わが家のライフシフト計画〜』というものをつくり、今年中から来年の早いうちまでに実際に実行に移していこうと。以前ブログにも書いた自分改造計画のように、◯◯計画というのがどうやら好きなようですね(笑)。

以前までなら、世の中が激変し食糧危機が来るかもという少なからずの不安や恐怖心から自給自足をやろうと思ってた部分があったんですが、今は不思議と不安や恐怖はまったく無くて、ただただ純粋にワクワクした気持ちがあるだけなんです。自分の中心軸を意識してるからかもしれません。

それで、以前ブログにも書きましたが、卵を自給するため鶏を飼おうと、鶏小屋の建築をいよいよ始めました。以前もご紹介したこちらの本を参考に(自然卵養鶏法)、5、6羽の鶏を飼うイメージで、大きさは直径2メートルの六角形の小屋を考えてます。

ネットで調べると、イタチなどの小動物が穴を掘って侵入し鶏を襲うことがあるそうで、まずは周りに穴を掘り、ブロックやレンガや石などを埋める作業から。





現在の我が家の田んぼの様子です。自分が住んでる地域の周りの田んぼでは今年ウンカの被害がひどいです。ウンカとは、稲の大敵と呼ばれる害虫で東南アジアあたりから飛来してきて稲の養分を吸い枯らしてしまう虫です。農薬で駆除できるのですが数年たてば新しい農薬に耐性をつけその時に適切な農薬を撒いておかないと被害が出てしまいます。

今年の春頃、世界的にサバクトビバッタの蝗害で農作物がやられるニュースが飛び交っていて、今年の秋には日本でもどうなるか分からないなあと思ってたんですが、バッタは大丈夫だったけど、ウンカ被害が発生しました。

無農薬、無肥料の自然栽培ではウンカ被害はあまり出ないそうですが、友達が無農薬無肥料でやってる田んぼでも今年は被害が出ているそうで、自分の田んぼでも一部やられている箇所があり、来月の収穫まではまだまだどうなることやら、予断を許さない状況です。

自分の田んぼをよく観察すると、やられているところは水が流れ込みやすい水の多いところで、稲の根張りが弱いため生命力が弱いんでしょうね、過保護に甘やかしすぎました(笑)。この前来た二度の台風でもその箇所の一部が倒れてしまっています。

友達の話だと、黒米や緑米などの生命力の強い古代米はウンカ被害にあってないそうです。

農薬をたくさん撒いて被害を防ぐか、それとも虫にも負けない稲の生命力をとにかく高めていくか、お米づくりの世界でも二極化がやってきました。

自分は無農薬無肥料の自然栽培でやってますが、でも農薬を使う慣行農業を否定しません。大型機械、化成肥料、農薬を使う慣行農業のおかげで、今でも市場のお米の供給量は安定し誰でも安価でお米が食べられることができるのだから。これを大昔のように牛で耕してすべて人力でお米を作るとなると、その労力たるや想像を絶します、汗。今のように誰でもご飯を食べられる世の中ではなくなるでしょう。

2003年頃に私生活で思うところがあり、それまでの自分を変えなければと急に思い立ち自分改造計画というものをつくり、タバコを辞めるとかテレビを見るのを辞めるとか本を年間300冊読むとかその他にもいろいろありましたが、とにかくそれまでの自分を変える計画を突然立てて一つ一つ実行していったということがありました。(今考えると生まれる前から何歳になったらそうしようと自分で決めていたような?!氣がします)

そしてその頃に読んだ本の中で、近い将来資本主義は崩壊するという内容を読み当時衝撃を受け、最初はそんなことあり得ないと思ってたのですが、でも1990年にベルリンの壁が崩れ共産主義も崩壊したのだし、人間のエゴを中心とした経済を発展させ続ける今の資本主義のシステムが続いていけば、その前に地球の自然環境は持たないだろうと思い、崩壊するのも悪くない、いやむしろ地球が優良星になっていくためには、今のシステムが崩壊することは必要必然だと思って生きて来ました。

2003年頃に近い将来資本主義は崩壊するなんてことを周りの人に言えば、可笑しなことを言う奴だな頭大丈夫?と思われていたと思いますが(笑)、2020年の今こういうことを言っても受け入れてくれる人は増えたんじゃないかと思います。

近い将来に崩壊すると言われも「それはいつなのか?何をすればいいのか?」2003年頃からはそんなことを考えながら生きてきました。2011年に東日本大震災が起き福島の原発事故が起きた時に、ついにやって来たかと思いましたがまだ違いました。そして2020年の今、自分だけじゃなく多くの人が感じているかと思います、もうそろそろなんじゃないかと。

(コロナのパンデミックをつくりだしそれを口実に、もはや資本主義の体すらなしていない行き過ぎた金融システムを一度リセットしようとしてる、そんな流れさえ感じます)

時間は直線軸ではなくスパイラルな螺旋上に流れていくものだと思っていて、歴史は繰り返すと言われますが、歴史や文明の周期は長いもので1600年とか800年、短いもので70年から80年だと言われてます。

今まで常識や当たり前だと思っていた事が一夜にして180度回転し非常識や当たり前でなくなる出来事が日本の歴史上にもあります。それは1868年の明治維新と1945年の第二次世界大戦の敗戦。自分なりの感覚と数字から考えると再来年の2022年がとても氣になります。2022年の77年前が1945年で、77年×2=は154年でちょうど明治維新の1868年なので。もし2022年に何も起こらなかったとしても2024年には新しい紙幣への切り替えが決まっていて預金封鎖も起こりえるし、あと食糧難も氣掛かりですし自然災害も。

しかも今度の変化は宇宙的規模で見ても新星地球への生まれ変わりというぐらい、どでかい変化、地球と宇宙の進化だと言われています。

とは言え決して恐怖を煽るわけではなく、それはより良い世界に行くためには避けられない、むしろ歓迎すべきことだと思っています。2003年頃からずっとそう思ってきました。

今まで通りでいい現状のままでいいと多くの人が変化を恐れるのは人間の習性。でも今よりもより良い世界に行くために新しい創造のためには、古いシステムの崩壊と変化は避けられないもの。

古い今までの常識や考えやシステムにしがみつくカチコチの頑固な頭ではなく、どんな変化が起きても驚かずしなやかに対応できるよう、とにかく頭の中身を柔軟に柔らかくいるように心がけたいものです。(自分に言い聞かせています)

柔軟な頭、それはこの大変化の時代にはとても重要で大切な無形財産だと思います。

不謹慎かもしれませんが、これから古いシステムの大崩壊と、とてつもない大変化が起きるかと思うと、その先にはいったいどんな世界がやってくるんだろうと個人的にはとてもワクワクしてます^ ^

自分の中心軸とは何なのか?中心軸を意識して毎日暮らすとは?

その考え方はいろいろあると思いますが、自分なりの結論を簡単に言うと、今の自分が心地良いと思えるか思えないか、思えるならばそれは中心と繋がってる時なのかなと。

宇宙の真ん中にある、自分の真ん中にある万物創造の愛の意識と繋がっている時は、そこには不安も恐怖も恐れも悲しみも欠乏感もない、すべてが満ち足りていて全部ある、オールオッケー状態(バカボンのパパの口癖、これでいいのだ〜!)です。その状態や意識になって毎日暮らすことが中心軸を意識して暮らすことかなと自分では思ってます。

ではその状態やその意識になるためにどうすればいいのか?自分なりの考えでは身体的アプローチと精神的アプローチの二つがあって、身体的アプローチではどういうものがあるかと言うと、ありきたりな答えかもしれませんが…

・太陽を浴びる。

・深い呼吸をする。

・有酸素運動、身体を動かす、汗をかく。

・身体を緩め、巡りを良くし、身体の中心を整える(瞑想、ヨガ、自力整体など)

・とにかく笑う。お腹がよじれるくらい、笑

・大声で歌う。

…などなど

一つ一つ説明していきます。最初の「太陽を浴びる」ですが自分が言うまでもなく、この効果は昔から多くの人が言ってますが、太陽光を浴びると幸せホルモンのセロトニンが分泌される、ビタミンDが体内でつくられ骨が丈夫になるなどいろいろとあります。

 太陽を浴びることの効果にもう一つ自分なりの考えで付け加えておきたいのですが、それは宇宙は愛で出来ていたシリーズでも書いてきましたが、宇宙や人間を含むすべてのものは円形の循環するエネルギーであるという理屈から考えると、太陽系とは中心にある太陽を中心軸に循環する輪です。

 太陽系の中心軸の太陽と、一人の人間の中心にある中心軸とのチューニング(周波数、波動)を合わせる、ギターのチューニングを音叉で合わせるように。とかく人間というのは生きているといろいろあって(もちろん自分も)、ぶれたり落ちたりずれたりします。だから楽器のように時々正しいチューニングに戻してあげないといけません。太陽の高い波動に自分のチューニングを合わせる、これが太陽を浴びることの効果の一つではないかと。

太陽だけでなくその他の高い波動を持つもの、例えば動植物、イルカ、赤ちゃん、大自然の中、滝、巨木、神社仏閣、パワースポットと呼ばれる場所、などに身を置いたり触れあったりして自分のチューニングを合わせることも同じように効果的ではないかと。

…あぁ、このシリーズもまた長くなりそうなので、続きはまた次回に、笑

長々と書いてきた宇宙は愛で出来ていたシリーズ(その①その②その③ )今回のその④でついに完結します!どうぞ↓

ピラミッド構造の分離意識を刷り込まれ自分の中にある中心軸(万物創造の意識)を見失なっている状態では、どうしても勝ち負け、優劣、上下、競争、不足、不満、恐怖、恐れという意識に支配されてしまいます。そして権威とかメディアとかブランドとかお上とか、そういうものを盲信し崇めたててしまいます。有名人、◯◯大学の名誉教授、学者、偉い先生…などなど、その権威や肩書きを聞くだけでとにかくすごい人(組織)が言うのだから間違いないと、その言われている内容はともかく、簡単に言われることを盲信してしまいます。そしてやはりそういう状態だとその誰かや何かに簡単に依存しやすくなります。

自分の例をあげると、以前スピリチュアルや心の世界に、そういう上だ下だという分離意識を持ち込んで、◯◯さんの魂レベルは高いな〜負けた…とか、視えないものが視えたり聴こえないものが聴こえる人ってすごいなとか、◯◯星から転生した◯◯さんの言うことはすごいな〜とか、本来なら分離意識の対極にありそうな世界の中に、勝ち負けとか優劣とかを持ち込んでいたことがありました、笑。

上も下も優も劣もありませんよね、誰もが心の真ん中に万物創造の意識を持っているのに。

それからですね、これも以前の話ですが、ビジネス書をめっちゃ読んでマーケティングとかブランディングとかビジネス戦略、ビジネス心理学とか、めちゃめちゃ勉強した時期がありまして(その頃の自分はやはり心の中に満たし切れない不足感があり、それをビジネスを成功させることによってその不足感を埋めようとめっちゃ頑張った時期があり、結果自分はビジネスには全く向いてないビジネスセンスはゼロだったということが分かりましたが、笑)、その時に消費者は自分の意思でモノを買っているようでいて、そうではなく買わされている、そういう仕組みがこの社会にはたくさんあるのだなということを知りました。(その時にめっちゃ勉強したことは自分のビジネスには何の役にも立ちませんでしたが、笑、言葉は悪いですがそういう裏で仕掛ける側の仕組みが分かったことは良かったです)

ビジネスを成功させるたくさん儲ける、そのために必要なことはいろいろとありますが、一番よく言われてることは、顧客の囲い込み、信者化、顧客管理がどれだけ出来るかです。自社の商品サービスをどれだけたくさんの人が買ってくれ、どれだけ高額の商品サービスを買ってくれ、そして繰り返し何度も買ってくれるか、それが儲けられるかそうでないかの分かれ目になります。そのためのマーケティングとかブランディングとかビジネス戦略の仕掛けがほんとにたくさんあります。

ビジネスの世界だけでなく、揺りかごから墓場までこの社会にはこの世界には、人を支配し管理する仕組みがあちこちに張り巡らされています。そういう今まで隠されていた裏の仕組みを最近では陰謀論としてsns上やネット上や本などでたくさん取り上げられていますね。

話は少しずれましたが、何が言いたいかと言うと、自分の中心軸を見失なってる人をコントロールすることは、支配管理する側からすればとてもやりやすいということなんです。

今まで表に出て来なかったピラミッド形の支配構造が陰謀論としてどんどんと今、表に出てきていて氣づく人はどんどん増えてきていますが、そのことに対して、ちくしょう〜今まで騙しやがったな!とかそのことに怒りを感じ批判をするつもりはありません、個人的には。

すべては一つであるという中心軸(万物創造の意識)に戻って考えてみると、目覚めさせないように人類を支配、管理していた存在すらも自らが創り出したものだと分かります。

恐怖、恐れ、悲しみ、怒り、不安、不足感、欠乏感、そんな感情すらもすべては自分が創り出したものだと分かります。

 もしもこの世界が人類が目覚めていく一つのゲームだとしたのなら、今までのことはすべて必ず通るべきクリアしていくべきステージだったのかなと。

目覚めさせないように恐怖と恐れを植え付けて、このゲームをよりエキサイティングに面白くしてくれる悪役をやってくれていたと考えると、今までどうもありがとうと心から感謝すら覚えます。

結局長々と書いてしまいましたが、自分の言いたいことは一つ。これからの時代はやはり自分の中心軸をしっかりと持つことがとても大事だと思うという話でした。

 じゃあ、その中心軸ってどうやったら持てるの?どうやったら中心軸を意識して毎日暮らせるの?という話ですが、自分がどうやって見つけたのか自分がどうやって中心軸を意識して毎日暮らしているかを、一つの参考事例として具体的にまたこのブログに書かせてもらいたいと思います。

宇宙は愛で出来ていたシリーズ(その①その②)、その②で完結したかと思いきや、補足で書きたいことが出てきたのでその③として続きを書きます。

宇宙とは人間とは何ぞや?という問いに対する答えとして、《フラワーオブライフや神聖幾何学を参考に、宇宙や人間を含むすべてのものは円形の循環するエネルギーであるとして、その中心部には愛があり、愛とはわたしもあなたも宇宙もすべてはひとつであるという意識、状態である》ということが自分なりの現時点での答えだと書きました。

これまた以前の記事でも書きましたが(こちら→常識は常識ではなかった)、量子学の世界では、「宇宙の空間すべては量子と呼ばれる振動する波(周波数)で満たされていて、人間の意識が介入した時に初めてそれは人間の目に見える粒となる」と科学的に証明されているということですが、ではその人間自体はどうやって創られたのかを考えると、そこに人間の意識以外の超意識が存在すると仮定しなければ辻褄が合わないそうです。

 この超意識の呼び方を、神というのかサムシンググレートというのか万物創造の意識というのかゼロポイントフィールドというのか、呼び方はともかく、そんな超意識が宇宙の真ん中にはあり、そしてそれは人間一人一人の真ん中の意識と繋がっているんだと思います。

そんなには詳しくはないのですが、2008年頃に本を読みこれからの変化の時代にきっと重要な内容が書かれてあるんじゃないかと直感で感じた日月神事というものがあり(一部の人の間では有名です)、その中で繰り返し大切だと言われている「◯に・」に関する記述があり、これは上記のことを言っているのではないかと自分なりに推測しています。

日月神事 第一二帖(一四九)

この道で魂入れてくれよ。この道は・ぞ。◯の中に・入れてくれと申してあろうが。臣民も世界中の臣民も国々も皆同じことぞ。・入れてくれよ。◯を掃除しておらぬと、・入らんぞ。今度の戦は、◯の掃除ぞと申してあろうがな。祭りとは纏り合わすことと申してあろうがな。この道は教えではないと言ってあろうが。教会や他の集いではないと申してあろうがな。人集めてくれるなと申してあろうがな。世界の臣民、皆信者と申してあろうが。この道は、道なき道。時なき道ぞ。光ぞ。この道で皆生き返るのだぞ。

循環する◯の中心には愛という万物創造の神の意識(点、天意)があり、自分の中心にいるとすべてはひとつであるというそういう万物創造の意識と繋がれるけれど、自分の中心から離れてしまうと、わたしとあなたは別物、わたしと宇宙は別物という分離意識になってしまう。分離意識の状態だと、自分と他の区別比較が始まり、嫉妬、勝ち負け、優劣、上下、競争、不足、不満、恐怖、恐れという意識に支配されていまいます。だから、日月神事ではこのことがもっとも重要ですよと言われているのではないかと。

…まだまだ書き足りないことがあるので、宇宙は愛で出来ていたシリーズその④に続けることにします、笑。

人が目覚めること、今までの偽りの自分を捨て本当の自分で生きる、やりたくないことを辞めやりたいことをやってみる、たった一度の人生ならば終わりの時に後悔しないように本当の自分の人生を生ききる…そんなことに氣づくきっかけやヒントは誰の周りにもほんとに無数に転がっています。それこそ好きなアーティストの歌であったり好きな本の内容であったり、家族の何気ない一言であったり、テレビのドラマのセリフであったり、世の中や自分の周りで起きるいろんな出来事であったり…、自分が氣付かないだけでそれこそ無数に存在しているものです。

そしてどんなにヒントが転がっていてもどんなにサインが出まくっていても、最終的に氣づいて動くことはその人にしかできません。

以前の自分は、傲慢にも、人を目覚めさせようとか人に変わって欲しいとか、そんな思いを持ち歌を作ったりブログを書いたりしていた時期がありました。そして一人でも多くの人に伝えようとブログやFBやホームページのアクセス数がどうやったら増えるか考えたり、多くの人に注目されることばかりを考えていた時期があります。でもでも!ある時それは多くの人に注目され有名になることによって、自分の心の中にあった空白を埋めようとしていることに氣づいたんです。目覚めて欲しいと思いながら、自分が目覚めていなかったんです、笑。そんなことがあってブログやFBを書くことをやめていました。

また詳しくはブログに書きますが、昨年の春、息子が生まれたタイミングで自分の本当の中心軸が何なのかが分かってからは、そんな自分の心の中の空白は消え、注目されたいという氣持ちは消え、今はただ書きたいからブログを書き、作りたいから歌を作り、歌いたいからライブをやりYouTubeに動画をアップしています。

これから新しい時代に変わると、今までの時代の有形財産が一度ゼロになり、その時に初めて自分がいったい何を持っているのかを一人一人に問われる氣がします。言うなれば、あなたのワクワクする情熱は何ですか?ってことを問われるのでしょう。(堅い言葉で言い換えれば、天命とか使命とか魂のミッションとか、今この時代を選んで生まれてきた本当の目的とか)

誰の中にもそんなワクワクする情熱は一人一人の中に必ず眠っているのものです。

大人から子どもまで誰もが本当に自分のやりたいことをやって、毎日をワクワクと生きている世界がやってくるって想像すると、いや〜ワクワクして自然と笑みが溢れますね。

宇宙は愛で出来ていた①の続きをようやく書きます。

おそらく事細かに書いていくと本が一冊書けるくらいの内容になるので(笑)、できるだけ簡潔にまとめます。以前も書きましたが宇宙とは?人生とは?という問いに対する現時点での自分なりのひとつ答えなので、これが絶対だなどという氣はありませんが、何かの参考になればと思い記します。

よく言われる、すべては一つであるというワンネスという概念が感覚では分かっていたけど、自分の中で左脳的な理屈で理解できたのがフラワーオブライフや神聖幾何学というものを知ってからと書きましたが、ではフラワーオブライフとは何なのか?

これです↓

世界中の古代の遺跡、神殿、食器の模様に使われていたり、レオナルドダビンチも書いていたり、日本だと神社の駒犬の足下にあったり、籠目紋や麻の葉紋様として玄関先の魔除けや、古くは生まれたばかりの赤ちゃんのおくるみとして使われていました。なんでこの紋様がいろんなところで使われていたのか、それはこの紋様からエネルギーが出ているからでしょう。

イラストレーターを使って自分で作ってみました。

自分の出した結論から言うとこれが宇宙です。宇宙であり星であり地球であり人間であり、動物であり植物であり微生物であり、この世界を構成している物質の最小単位の素粒子です。

二次元の平面だと分かりずらいですが、このフラワーオブライフを三次元の立体で表したものが以前の記事でもご紹介した神聖幾何学です。

実際に自分で綿棒を使って図形を造って(創って)みると分かるのですが、図形の中心部、真ん中が少しでもずれると綺麗な形、綺麗な円形にはならないんです。中心部分をいかに狂いなく正確に造れるかがすごく難しんです。そしてさらに氣づくことは、ひとつひとつの円形の中心部分はすべての円形とつながっていて、大きな円の中心にすべてつながっているんです。そう、これはひとつひとつの円がひとりの人間であり、たくさんの円がつながって、ひとつの大きな円ができたものが宇宙ではないかと。

この宇宙はすべてフラクタル(相似形)であるということ。一人一人が宇宙の中心であるということ。すべてはつながっているワンネスであるということ。これらのことがフラワーオブライフと神聖幾何学で説明できるんじゃないかと氣づいたんです。

人間のエネルギー帯を表すトーラス構造というものがあり、自然界のいろいろな植物にも見られるものですが、これも人間の丹田、お腹を中心とした円形の循環するエネルギー構造を表したものです。人間をエネルギー帯でみると、円形の循環する丸い輪のように見えます。人間だけでなく宇宙も動物も植物も鉱物も微生物も素粒子も。

水の結晶が人間がかける言葉により綺麗な形になったり崩れた形になるのもこれで説明出来ます。

自分達は永い永い間、偉い人(存在)が頂点にいて、その下に自分達の庶民がいるというピラミッド構造の意識を刷り込まれていますが、そうではなくやはり一人一人が宇宙の中心であり、自分の中心に戻ることが宇宙の中心とつながることだったという意識の大きな転換が起こります。

一般的な家族というものを例に出すと、一番偉い父親がいてその横に母親がいてその下に子どもたちがいるというピラミッド構造を思い浮かべますが、でもエネルギーで考えると、父の輪と母の輪と子どもたちの輪が重なって、家族というひとつの丸い輪(円、縁)があり、上も下もないということが分かります。いやむしろ子ども達のほうが今の社会の常識や邪念を刷り込まれていない分、より自分の中心、今ここを生きているので綺麗な丸い輪を描いていたりします、笑。

一人一人が自分が宇宙の中心であると意識する、今まで刷り込まれた社会の常識や分離意識に従うのではなく、魂の中心にある本当の自分を生きる、そうすると人間一人一人、家族、社会、国、世界、地球そして宇宙に綺麗な丸い花が咲きますね〜