謎の武将 荒木村重 | OH!江戸パパ

OH!江戸パパ

隠された史実にズームイン!歴史ハンター「大江戸おやG!」のブログです。


落合芳幾 太平記英雄伝三十八 荒木摂津守村重
絵本太閤記より荒木村重が餅を食らうの場面を浮世絵として発行した。
村重が摂津の切り取りを信長に願い出た時に、剣先に餅を串刺しにして食ってみろと言われ見事にたいらげた。今で言えば圧迫面接どころではないが大いに信長に気に入られた。後に信長を裏切り有岡城に籠城しますが尼崎城に逃げ家臣や親族を見殺しにします。

有岡城から護送されて七松城に連行された荒木村重の重臣の一族・下級武士たちはここで処刑されました。

処刑の仕方にも格の違いがあるのか、荒木村重一族は京都六条河原で晒されて磔にされ、重臣一族は七松付近で処刑、下級武士にいたっては
四つの家に押し込められ火をかけられたという凄惨なものでした。


七松八幡神社にはこのときの慰霊碑が建立されています、尼崎のの市役所にほど近い場所で、もう梅が咲いていました、梅の色が目の錯覚か赤い血のように見えました・・・・















七松神社を動画でアップしました、慰霊碑には七松城落城なくなられた武士及び家族、故六百二十餘人之碑と彫られています。
      

荒木村重はその後、秀吉の元でお伽衆として復活します。荒木村重はなんらかの形で本能寺の変に関わっていて秀吉に情報を与えていたのかもしれません。信じるか信じないかはあなたしだいです。