この週末、陸上自衛隊朝霞駐屯地の隊員食堂で昼食をいただく機会があったのだが、その美味しさとボリュームに少し驚いた。
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ドーンとジャンボフランクがトッピングされたスパゲッティ、かやく御飯、メロン……なかなか豪勢じゃないかと思うかもしれないが、これくらいでなければ自衛隊のハードな訓練をこなせないという。まさしく“腹が減っては戦ができぬ”というわけだ。
そういう意味では、大阪市の中学生たちが「お腹が減って部活どころか、勉強にまで手がつかない」と訴えるのもよく分かる。ニュースでご覧になった方も多いと思うが、2014年の新学期から大阪市内にあるほぼすべての公立中学校で導入された給食の量があまりにも少な過ぎるとクレームが入っているという。
育ち盛りの中学生にとって、空腹がどれだけ辛いかは自身も経験があるので、大阪市には一刻も早く問題を解決してもらいたいと願う。ただ、その一方でこの問題は、今の日本をよく表している気もしている。
●大阪市が「給食」を導入するまで
もともと、大阪市の中学生たちに「給食」はなかった。
文部科学省の調査によると、2010年度における公立中学校での「完全給食」の実施率(学校数ベース)は全国平均で82.4%だ。そのダントツのビリが大阪府(10.5%)、そしてその中でも大阪市は、2008年時点では市立中学校すべてで給食未実施という状況で、家庭弁当の持参を基本としていた。
当たり前だが、弁当には貧富の差が出る。愛情たっぷりの弁当から菓子パンまで、家庭の状況によって残酷なまでの格差がある。
今まではそれが当たり前だったが「お腹いっぱいの子どもと、おにぎり一個でお腹をグーグー鳴らしながら、授業を受ける子どもがいるのはどうなのよ」という声が上がり、段階的に選択制で給食が導入され、2014年度からついに、給食への一本化へ踏み切ったというわけだ。
●給食費はタダにするべきか?
ただ、大阪市の財政は破たん寸前だ。給食の導入は、倒産を控えた会社が社会貢献活動に力を入れます、というのと同じくらい荒唐無稽な話になる。
「給食センター」をドカンと建設するカネなどどこにもないので、民間の給食業者にシビアな条件で丸投げする。材料の一括購入といった企業努力をしたところで「1食300円」という“縛り”で提供できるものはたかが知れている。そこへ消費増税やら原油高の逆風が加われば、どんな“しょぼい給食”が出るのかは想像に難くない。
だったら、弁当持参が厳しい生徒だけに給食を提供し、これまで弁当を持参できた生徒には、そのまま弁当をお願いする――という方法を採れば、市の負担も減り、少しはまともな弁当になるのでは、と思う人もいるかもしれない。しかし、もちろんそれはできない。教育現場で“格差”をつけるなど、もってのほかという意見があるからだ。
それに加えて現在、全国に広がる「給食無料化」の動きにも反する。
給食費踏み倒し問題や、子どもの貧困問題などが深刻化していくなかで、その解決策として「うちは給食をタダにしますよ」という決断を表明する自治体が2年ほど前からポツポツ出てきたのだ。
その背景には、住民が減少する状況下でどうにか子育て世代を呼び込みたいという生き残り戦略もあるが、何より「親の経済状況によって子どもの未来が左右されるのは恥ずべき社会である」みたいな理念によるところが大きい。この理念と「現実」のギャップがメニューとして現れたのが、この“しょぼい給食”である。
「格差」を埋めようという、理念自体は悪くはないのだが、財政という実力が伴わないため、かけ声だけが虚しく響く。結果として全体のレベルを引き下げることで、均等を保つ形になっているのだ。
●「格差」を認めた柔軟な対応を
じゃあどうすればいいのか。個人的には「そこにある格差」を、ある程度認めた柔軟な対応をすべきだと思う。冒頭の朝霞基地の食堂は、独身の隊員は無料だが、結婚した隊員はそれだけ手当がついているということで、料金を支払うシステムを採用している。
考えてみれば当然ではある。自衛隊の目的は「国を守る」ことで、食堂という食料供給システムは目的達成のための手段でしかない。それを維持するためには、同じ目的を持つ者で負担を分けるという発想だ。
保護者も国も「すべての子どもたちに教育の機会を与える」という目的は一致しているはずだ。これをタダにしようというなら分かるが、「学校給食」というのはあくまでその目的を達成するシステムにすぎない。システムの維持ばかりに目がいってしまうと、本来の目的を見失う。“しょぼい給食”によって、多くの子どもたちの学びに支障が出たのはその典型だ。
もちろん、みんなが平等にお腹いっぱいになるのがいいに決まっている。だが、「国家が全国民を飢えなく食べさせる」というスローガンを掲げた旧ソ連や北朝鮮が、すさまじい飢餓で多くの国民を飢え死にさせたことからも分かるように、今の世界で完ぺきな平等など実現できるわけがないのだ。
少子化で子どもは減る。そして、給食費を踏み倒そうという親も増えている。こういう世界でわれわれは何を平等にして、何に差をつけるか柔軟に対応すべきではないか。
日本は貧困国だという人がいる。子どもの貧困問題などもあるし、納得する部分がないわけではないが、そういう“貧困”を克服するためにも、なんでもかんでも国のカネにタカる心の貧しさからも脱却したい。
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