中国からの訪日客数が急増を続けている。査証(ビザ)発給数で中国全体の過半数を占める上海の日本総領事館の集計によると、3月の個人向け観光ビザ発給数は2万32件と初めて2万件を超え、過去最高となった。上海の総領事館は「6~8月にかけて訪日ビザの申請数さらに増えるだろう」と“うれしい悲鳴”を上げている。
急増したのは、日本での桜の開花タイミングに合わせた“お花見”特需とみられる。上海では団体観光ビザなども含む全体のビザ発給数は3月に6万7583件だった。3月は北京の日本大使館でもビザ発給総数は約3万5000件となり、中国全体では16万1000件にのぼったという。
4月も前半の集計で、上海では全体で3万件以上のビザを発給した。上海でのビザ発給数は6年前から日本の在外公館で最大規模。上海市や周辺の地域には富裕層や中間層が数多い。
2012年に尖閣諸島(沖縄県石垣市)問題をめぐり、中国全土の125都市以上で9月から10月にかけて反日デモが燃えさかり、日本企業の拠点や在留邦人が相次いで中国人の暴徒に襲われた前後から、日本を観光する中国人客も急減。しかし、上海での個人観光ビザ発給数は13年後半から伸び始め、春節(旧正月)連休が長かった今年2月を除くと、昨年12月から過去最高を毎月更新するハイペースだ。
昨年12月には安倍晋三首相が靖国神社に参拝したことに中国政府が激しく反発するなど、日中関係に好転の兆しはほとんどみられない。それでも中国からの訪日客が伸び続ける理由については「中国の一般人は日中関係の問題に既に慣れた」(春秋航空の王正華会長)と、政治問題と切り離して旅行先を選ぶようになったとの指摘もある。
航空会社を創業する前に、中国最大級の民間旅行会社を育て上げた王氏。「海外旅行が解禁された中国で、観光に関心の高い層は既に香港やマカオ、東南アジア、台湾も経験し、韓国にも行った。欧米も魅力的だが、数時間で飛べる日本は季節を問わず美しい景色があり、温泉があり、日本料理も伝統文化も一度の旅行では味わいきれないほど各地にある」と話す。
春秋航空が日中間の国際線を大幅に拡大する経営戦略をとるのも、王氏の旅行会社トップの経験からくる中国人の旅行パターンの変化予測に基づいたものだ。春秋航空は6月に日本の国内線にも参入するが、中国から成田空港や関西空港着で日本に入り、東京や大阪には何度も訪れたリピーターの中国人観光客を日本の地方都市に運ぶ狙いがある。温泉や料理、伝統は地方にこそ魅力がある。
中国当局があおる反日感情に一般の中国人はそう簡単には振り回されなくなった、と受け止めることもできる。実際、安倍首相の靖国参拝後も懸念された反日デモは起きず、12年のような訪日観光客数の激減は起きなかった。むしろ訪日数が増え続けているのは、2年前とは正反対の動きが中国の中で起きていると判断してもいいだろう。
13年1月に上海で発行が始まった月刊誌「行楽」。20万部の発行部数を誇るカラー刷りの美しい雑誌だが、中国では異例ながらもっぱら「訪日観光」を扱っている。同誌のチーフプロデューサーの袁静さんは「政治問題と民間交流は別次元の話と考える中国人が今後も増えると確信している」と断言する。
同誌は上海や北京など都市部に暮らし、比較的収入が高い20代から40代が読者の中心で、袁さんによると、読者の70~80%は訪日観光のリピーター。団体観光では行かない場所や、伝統文化や美しい自然、おいしい料理や和菓子など、中国ではまだ知られていない日本の魅力を伝えている。袁さんも取材など出張を含めて訪日観光のリピーターだが、「何といっても親切で温かい日本人との心のふれあいが日本の魅力だ」と話す。
より現実的な要因は「円安元高」と中国国内の消費税率の高さだ。対ドルで円安基調が続く一方、人民元は最高値更新が続き、13年12月に1元=約14.5円だった元の対円レートは14年12月には約17.5円と1年間で約20%も上昇。現在も約16.5円前後の水準を保つ。中国人からみて、日本での買い物は為替のマジックで割安感がある。
しかも中国では品目によって10~30%の消費税が内税で徴収されるため、日本での買い物は税率で有利な上、免税扱いの買い物も多い。中国の銀行が発行した「銀聯(ぎんれん)カード」で決済が可能な日本の商店やホテルなどが増えた。多額の日本円を持たなくても、中国国内の銀行口座にある人民元で決済が可能だ。
小原雅博・上海総領事は「訪日経験のある中国人が増えれば増えるほど日中関係にはプラスになる」とみる。中国では反日教育や日中戦争を取り扱ったテレビドラマの氾濫もあり、日本や日本人を「色眼鏡」を通して見るケースは多い。だが「訪日経験のある中国人で『日本が嫌いになった』と話す人は聞いたことがない」(小原氏)という。笑顔のサービスや一般の日本人の立ち居振る舞いに好印象を抱く人がほとんどだからだ。
アニメやAKB48に限らず、日本人と日本がもつ「ソフトパワー」に、より多くの中国人に触れてもらうことが、観光によるビジネス収入だけでなく、日中関係にも大きな力になる。(上海 河崎真澄)
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