東国原知事が、先月18日の県議会本会議後、記者団に対し「昔はげんこつで教えられたが、最近はできなくなっている。愛のムチ条例はできないか」と発言したそう。
久しぶりに聞きました。「げんこつ」って言葉を。
確かに~、僕が小学生の頃、「宿題を忘れてげんこつ」とか「机の横で正座」「グランド1周走って来い」とか色々ありました。
最近は、「げんこつ=体罰」と捕らえられるようです。
まぁ、僕は「げんこつ=愛のムチ」とは思いません。理由は、「げんこつをするってことは、その人間が一時的にキレている」ってことだから。奴隷じゃないんだし、全員が言うこと聞くとは思えない。それにげんこつが「蹴り」とか「ケツバット」になるかもしれない。
要は「愛のムチ」の範囲が決めれないと駄目だと思います。いまのままでは「げんこつ=暴力」のはず。
だったら何故、「やっては駄目なのか」を繰り返し教えればいい事だと思います。よく考えてみてください。もし職場で、「愛のムチ」って言って「げんこつ」をすれば直ぐ懲戒処分されます(と思います)。
「げんこつ=愛のムチ」なんて思想は、企業にはありません。
「むかついても繰り返し教える」ことが、「仕事をする個人としての行動」として一番重要だと僕は思います。
理由は何であれ、「手を挙げてはいけない」って言うのが、「社会人としての行動」であり「組織人としての行動」でもあると思います。
そう思うのは、僕だけでしょうか?