元ACミランのガットゥーゾが熱く語っている記事を見つけたのでご紹介します。
闘犬から闘将へ。2013年6月、パレルモの監督に就任したガットゥーゾ。気迫に満ち、荒々しくピッチを奔走した彼のボランチ哲学とは? 監督としての見解とともに、ボランチにおける理想像について話を聞いた。
サッカーが下手なヤツラにとっての希望の星
――リーノ、まずはボランチというポジションについて、つまりレジスタを補佐し続けた君のキャリアを振り返りながら、この“メディアーノ”という盾とも、潰し屋とも言われたガットゥーゾ固有の考え方を聞かせてもらえるだろうか。つまり守備的MFにキャリアを捧げた男として。
「OK、でも最初に断っておくが、オレのキャリアを振り返るとなれば相当に長くなっちまうぜ(笑)。それでもいいんだな?」
――もちろん。覚悟の上だよ(笑)。
「よしよし(笑)。やっぱり最初はアレだよな。まだオレがガキ(12歳当時)だったときに田舎(イタリア南部の街コセンツァ)から出て1000km先の北・ボローニャの入団テストを受けるために向かったんだ。それにモノの見事に落ちてしまってな(笑)。
きっと他のガキ共なら大半が落ち込んじまって、潰れていく。けど、生まれつきオレはやっぱり違っていたんだよな(笑)。むしろ闘争本能に火がついたわけよ。なもんで、直後に拾ってくれたペルージャで7年を過ごした後、オレはスコットランドへ飛んだ。
要は“移民ジョカトーレ”になるんだが、グラスゴーで無骨かつハードなヤツらのサッカーに揉まれることで、オレの魂はさらにどうしようもないくらいに熱く燃え盛ったんだよ。スコットランド人のサッカーはマジでハードだからな。
なんつったってオレは周知の通り超のつくド下手だからな。それこそアンドレア(・ピルロ)みたいに上手いなら話は別だが、そうじゃないオレはもう走るしかない。人の2、3倍なんてレベルじゃないぜ。
技術だけなら精々セリエCの水準でしかないオレがAに辿り着くにはだな、それこそ少なくとも人の10倍は走る必要があったんだよ。マジで。そうでなけりゃこの超ド級に下手なオレがあの名門ミランに入って、イタリアを制して、CLにも勝って、挙げ句にW杯まで勝っちまうなんて、奇跡は絶対にあり得なかったよ。
『サッカーが下手なヤツラにとっての希望の星』なんだぜ、と(笑)。こんなにも下手なオレがW杯を獲れたんだ。そこら辺でボール蹴っている世界中のヤツらにも可能性があるってことだからな」
ド下手がジダンに立ち向かう術とは?
「とにかく、グラスゴーでの1年(97/98シーズン)は何物にも代え難い経験だった。そのときの魂は遂に引退まで僅かさえも霞まなかったしな。
要するに、強靭な意志さえあれば誰だって目指す場所に辿り着ける。大切なのは、徹底して勇猛に戦い抜くこと。スピリットさえ持ってりゃぁ“タマ際に弱い”選手にはなり得ないわけよ。
競り合う相手が2メートルの化け物みたいな体躯の野郎でもオレは負けなかったし、むしろぶっ飛ばしていただろ? つまり、強靭な意志なくして“メディアーノ”は絶対に務まらないんだな。
でも、激しく走り続けたせいで、さすがのオレも身体はもうボロボロになっちまった……。一方で、我が盟友・アンドレアの野郎は35でも、まだ優雅に軽やかにプレーしてやがる。うらやましい限りだよ(笑)」
――つまり、君が考えるボランチに必要な技術的な要素とは?
「気合い。これだけさ(笑)。このガットゥーゾが相手にしてきたのはジダンであり、CR7(クリスティアーノ・ロナウド)であり、あるいはロナウジーニョ、メッシだぜ。まともに渡り合える相手じゃないだろ?
しかも、何遍も繰り返すが、喋ってんのはド下手なガットゥーゾだぜ。そんなヤツが対ジダンに一体どう立ち向かってくか。そりゃぁ、気合いしかねぇってことになるんだよ(笑)。
ミラン時代のこと。あのアンドレア(・ピルロ)と一緒に練習する度に思ってたんだよ。“こいつの巧さはマジでヤバいぜ”と。さっきも言った通り、そんな超一流のヤツらとの差を埋める手段でオレが持っているのはただひとつしかないとね(笑)」
“気合い”。闘犬らしい表現でボランチの哲学を語ったガットゥーゾ。では、彼が思う理想のボランチ像とはどんなものなのか? そしてまったくタイプの異なる盟友ピルロについて何を思うのか? さらに監督としてどのような“気合い”をチームに注入していくのか?
続きは『欧州サッカー批評08
』でお楽しみください。