皆様、こんにちは。年の瀬を迎え、ご多忙な日々をお過ごしのことと思います。
有限会社 三島石装石材の三島正行です。
ご縁をいただいたお客様に感謝の気持ちを込めて石屋だよりをお届けさせていただきます。
今月は、「命の教育」についてお話し致します。
参考文献「かけはし・渡辺経営コンサルタント事務所」
先日いただいた「かけはし」というお便りの中に
「命の教育は小さいうちから・渡辺真美氏」がありました。
その中に、お墓という言葉が含まれていたことと、
大切なお話だと思ったのでご紹介致します。
命の教育は小さいうちから 渡辺真美
亡くなった父が入院していたとき、下の兄と病院に泊まったことがある。
その時兄は私に小学生の頃の話をしてくれた。
和歌山の実家は目の前に川があるのだが、
夏になるとよく台風が上陸して川の水があふれ、道路が冠水することも珍しくない。
その夏も台風で道路が冠水していたが、小学生でやんちゃ盛りの二人の兄たちは、
二人して冠水した道路に網をもって魚を取りに行こうとしたらしい。
ところが、深みにはまり、危うく溺れそうになった。
びしょぬれで家に帰った兄たちが事情を話すと、
いつもはとても優しい父に思いっきり頬を叩かれたらしい。
父が兄たちを叩いたのは、本気で子どもを心配していたからだろう。
「あの時はホント怖かったぞ」と兄は私に言った後、
眠っている父に向って
「昔みたいに元気になれよ」と呼びかけた。
さて今度はある水族館での話。
最近の水族館には、魚に直接触れさせてもらえるところがある。
大抵は「魚にはそっと触れてください」と注意書きがあるが、
ある人が魚の稚魚をわしづかみにして離さない五歳くらいの子どもに出くわした。
さらにそばにいた母親が「ちゃんとつかまえときなさいよ」と言ったらしい。
その人が見かねて、
「お魚が息できないから離しなさい」と言ったら、
子どもの母親が「魚の一匹くらい」と言ったそうだ。
うちでは、子どもが小さい頃、金魚を何匹か飼っていて
、その金魚が死ぬたびに、庭に穴を掘って金魚の「お墓」を作り、
子ども達にも手を合わさせていた。
人は「たがが一匹」というかもしれないが、
魚にも一つの命がある。
その命が消えることを悲しむ気持ちが、
命を大切に思う気持ちなのではないだろうか。
こどものしつけは、子どもが理解してなくても大事だ。
「魚の一匹くらい・・・」
で済んでいるうちはいいけれど、
これが「鳥の一羽くらい」「犬の一匹くらい」
・・・そして「人の一人くらい」になったらどうするのだろうか?
怖ろしいことに、
最近、子どもが親を殺してしまうという事件も珍しくなくなっている。
年をとったときに「母親の一人くらい」と子どもに言われないよう気をつけたいものだ。
命の大切さは、小さいうちから教えたいものである。 終わり
少年院で講演をされる方が最後に
「家にお墓や仏壇がある人?」
と聞くと手が上がらないと教えてもらったことがあります。
お墓があるということは、
知らず知らずのうちに道徳教育されているのではないでしょうか。
また、死を考える
(人は必ず死ぬ・人はいつ死ぬかわからない・人生は一回しかない)
ことで前向きな想念をもつことができると聞きました。
そういう人は自分だけでなく、
まわりの運気も上げてしまう人が多いとも聞きました。
死が生を支えているのかもしれませんね。
有限会社 三島石装石材
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