石屋だより 第31号 令和元年10月発行
皆様、こんにちは。紅葉の季節となりました。有限会社 三島石装石材の三島正行です。感謝の気持ちを込めて石屋だよりをお届けさせていただきます。
弊社は、静岡県東部石材加工組合に加盟しています。今年度は国内研修として、10月2日〜4日まで沖縄県の石文化を学んできましたのでお伝えします。
1日目は、 ホテルにチェックイン後すぐに首里城へ。 首里城に着くとずっと続く琉球石灰岩の城壁の形状や狛犬について話しながら見学しました。
この石は、およそ百万年前から数万年前にできたサンゴ礁からなる堆積物の一種です。沖縄県内に広く分布し、石材として様々な用途に利用され、トラバーチンという名称でもよく知られています。白くて綺麗な石でした。
伊東市からは、江戸城の城壁に宇佐美の山から切り出された石が使用されていますが、灰色で力強い感じがします。普段観ることのない赤いお城に白い石壁に文化の違いを感じました。
2日目は、沖縄関ヶ原石材様にて特許のお墓「ひかり墓」を見せて頂きました。大人が三人は入れる納骨室に入りましたが、小さな特殊ガラスから室内全体に明かりが広がっていて中は明るく、素晴らしい設計だと改めて感じました。暗くて怖いと想像してました。
続いて、地元の名主の儀間家の巨大なお墓を見学しました。幅五m.奥行一五m高さ四mはあろうものでした。
沖縄のお墓が大きくなった理由は葬法の違いによります。かつての沖縄では遺体を自然にまかせて白骨化させる「風葬」、さらには風葬を行った後に遺骨を酒や海水で定期的に洗い清める「洗骨」の風習がありました。それらを行うために広い場所が必要となり、大きくなっていったといわれています。
その後、識名霊園を見学し、沖縄県の破風墓(ハフバカ)の学びを深めました。
破風墓は、屋根が破風形となっている琉球王国伝統のお墓です。死後の世界でも家族と再会できることを祈って家型にし、また雨風をしのげるように屋根を付けたのがはじまりとされています。亀甲墓よりも歴史が古く、琉球王国時代は王族のみ作ることを許された墓でしたが、廃藩置県以後は庶民の間でも広く普及しました。
最後に、ひめゆり平和記念資料館と沖縄平和記念資料館を見学しました。祖国の為、家族の為に自らの命を使いきった人々の生き方に触れ、気づくと涙があふれ、色々な感情でいっぱいになりました。
有限会社 三島石装石材
414-0021 静岡県伊東市松原本町2番3号