「2001年宇宙の旅」トランブル | 定年後の風景

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過去ブログ読んでると、「2001年」で大事な人書くの忘れてました。特撮監督のダグラス・トランブルです。「2001年」で名前が出て、それ以来、多大な活躍し、自身の監督作作ったりして、今や特撮界の大重鎮となってます。

 

「2001年」では、割と後半に製作に参加したようで、それまでは、ベテラン高名な特撮スタッフ2人がすでに参画していて、基本的な骨組みが、ほぼ出来ていたとネットにありました。それで、映画エンドロールにも、華々しく3人が一人づつクレジットされていて、トランブルは最初に出て来るので、確かに果たした役割は、一番大きかったと思われます。

 

尚、残るお二人は、その後も、業界では高名ながら、あくまで、裏方に徹して、大きな仕事、良い仕事を続けて行ってます。トランブルだけは、若くて、野心もあり、その後表舞台に出て来て、活躍したのでした。全特撮技術の考案、監督をキューブリックが行ったと、大きく字幕にも出ますが、トランブルのその後の作品見ると、特撮技術もさることながら、メカの描写などが、殆どトランブルのテイストです。

 

もともと、トランブルが携わった宇宙開発映画などの作品を見て、キューブリックが誘ったので、それらの作品のテイストが、そのまま、反映されているのは肯けます。ここの所の二人の関わり合いが、実に神秘的となります。

 

キューブリックは天性のコーディネーターで、トランブルの才能を更に引き出したと、同時に、自己のイメージとセンスを万全に表現し尽くした、とも言えそうです。まず、キューブリックのセンスとイメージがあり、トランブルがそれに応える以上の仕事をした、と言うのが、実際のところと思われます。

 

トランブル自身が書いてますが、最初の仕事は、HALのディスプレーの画像アニメを来る日も来る日も作ってたと言います。あの表示のリアルさが、キュープリックのセンスに合い、また、それ以上の仕事をしたと思われます。

 

セットの中の全てのメカ、及び、小形ポッドのじれったいほどの、メカ美を表現する、ゆっくりした動きなどは、これらは、どう見ても、トランブルのテイストです。キューブリックもそうイメージしてて、それ以上にトランブルが表現して、映画に作り込まれた、と思います。

 

この辺のやり取りは、今となっては、トランブルの発言からしか解らないですね。結局、何を言いたかったと言うと、キューブリックは完全に管理しイメージを与えましたが、映画で実質見ているのは、トランブルの仕上げだっただろうと言うことです。

 

尚、あのHALの画面に出て来るグラフなどは、流石に一から作ったのでは無く、色々な実際の技術グラフをもとに作成してるようです。あらゆる、分野から借用しているようで、注意して見てると、自分の知ってる分野のものが出てきたりしてます。

 

私の職種では、空気線図という基本グラフを使うのですが、それがそのまま出てきてました。他にも、見かけたような技術グラフが、出てきてました。また、当然ながら、通信はCOMとか、他にNAVとかMEMとか 表示される文字は、細かいものに至るまで、全て意味があるものになってるのが解ります。

 

観るほどに、どこまでも細かく、意味が詰まってるのが、この映画の面白さなのでした。トランブル書きにくかったです。書くこと多過ぎるのか、既に書いてしまったのか。だから書かなかったのですね。書く内容、難しかったのかも知れません。