「裏山の怪談」吉田悠軌 山と渓谷社
結論:かなり恐いが、異質の怪談
この本は、山と渓谷社で「山怪」シリーズとして書かれている、
山での怪談の裏山版となる。
著者は山怪シリーズとは違うが、
全国で実際の体験者から聞いた話を書いている点で同じ構成となる。
また、どちらも必ずしもいわゆる幽霊話ではないところも興味深い。
この感覚は山怪シリーズでも強くあり、
しかもほとんどの幽霊話とは視覚に訴えて来るが、
聴覚のみのケースがあり、それがかなり恐い。
さらに裏山が舞台となっている実話(体験談)のため、
この本に収録されている話は非常に身近に感じるのも嫌なところだ。
2つおおよそのあらすじを紹介したい。
夜釣りを渓流で楽しむ男の話がある。
私自身が釣りと天体観測を趣味としていたので、
非常に良く理解出来るのだが、
熱狂的な趣味人は夜を恐れない。
幽霊を恐れていたら夜釣りも天体観測も出来る訳がない。
道具を揃え、都会人の想像を遥かに超える真の闇の世界でも、
平気で「1人で」突入出来るのである。
「その日」が来るまでは。
そんな夜釣りの好きな男が真夜中、
何も見えない中で釣りをしていると、
上流から人が声を掛けて来るのである。
それは当初、極めてリアルであり、
真っ暗闇と言う点を除いては違和感がない。
「すみませーん、そちらに竿が流れて来ませんでしたかー?」と。
声しか聞こえない闇の中から近付いて来るヤツ。
考えようによっては「普通」だ。
だが、違う。
明らかにおかしい事に気付く。
そして逃げるのだが。
その後の展開が異常なのである。
段々とその異常さが際立って来る。
これは恐い。
かなり恐い。
その後、その人は釣りを止めるのだが、
釣り師かつ天文趣味人だった私的にも、
まあ、そうだろうね、と言う体験をした話だった。
もう1つ、個人的にかなり恐いと思った話がある。
これはオチまで書いてみたい。
北海道の某地方での体験談だ。
イワタさんは農業を継いだ34歳の男性だ。
ある日、小学校時代の同級生だったサエコが突然やって来て、
同窓会があるから久しぶりに帰省して来たと声を掛けて来る。
そして同窓会の会長をやらされたが、
面倒なので代わって欲しいと頼まれる。
サエコは昔から居丈高な女子だが、
さっぱりとしているためイワタさんは相変わらずだなと苦笑するが、
まあ、仕方ないと引き受けてやるのだが。
実は普通に怪談を読んでいる人だと、
ここでサエコは死んでいたのでは?と言う展開を予想するかと思う。
少なくとも私はそう思っていた。
だが、サエコは死んでいない。(笑)
リアルな話なのである。
ところがここでサエコはおかしな事を言い出す。
「お礼に私が何で『にわの山』で泣いたのかを教えてあげる」と。
「にわの山」とは彼らの住む近所の小山の事で、
八十八体の地蔵があり、
そこでは小学校時代、清掃をさせられるのがしきたりだったそうだ。
監督役は近くのお寺の住職で、
クラスの皆は散らばって掃除をしていたと言う。
麓の集会場では檀家の人達が昼食を用意してくれていた。
子供達にはご褒美となり、お楽しみの時間でもある。
サエコは一番奥で真面目に作業をしていたのだが、
何故か号泣し、住職さんに付き添われながら昼食も食べずに帰って行ったと言う。
その時の出来事を思い出したイワタさん。
事件後も理由は語られず、
実に20年以上が経過していたのである。
その時、何があったのか?
サエコは語り出した。
1人で清掃していると、
ふと何かが聞こえるのである。
誰かが語り掛けて来たと言う。
最初は何て言ってるのか分からなかったが、
「できてるから」
「お稲荷さんできてるから」
「巻き寿司もできてるから」
と何度も言って来る。
どこから話しているのか?と探してもいない。
そのうち、凄く近くの背後から、
「お稲荷さんも巻き寿司もあるんだよ」
と聞こえたと言う。
右に左に顔を振っていると、
遠くから「サエコちゃーん」と叫びながら走って来る人影が見えた。
それは住職で、
「絶対に後ろを向くなーっ!!」と叫びながら来たと言う。
そうして彼女の肩を掴むと、
何やら念仏を唱え始めて、
ともかく振り向くなと言いながら戻って行ったと言う。
だがその間もサエコの直近で、
「稲荷寿司じゃダメなのか」「くわないのか」
「ほんとうにくわないのか」
と、ずっと喋り続けていたらしい。
ようやく住職の念仏のお陰か、
集会場が近付いたら声は消えたと言うが、
住職が手を離して大丈夫だと言った瞬間、
耳元で「ほんとうにおいなりさんいらないの」と聞こえ、
そこで号泣したと言う。
住職は山を出るまで振り向くなと言い、
送って行ってもらったのだとサエコは述懐した。
何故、20年以上前の出来事をその時にイワタさんに話したのかは分からない。
ただ、世の中にはよくよく考えると有り得ない出来事が稀にあり、
それを体験してしまった場合。
一気に無力化される現実が恐ろしいとは思っている。
例えば私は、令和登山の実践者であり、
登山をする時は、
そもそもマラソンやジムで身体を鍛え上げてから入山している。
地図やコンパスや充分な飲料水と食料、
ツェルト、救急医薬品、雨具等々、
完璧な装備だけでなく、
最新鋭のコース定数やグレーディングを使い、
また登山専用の地図アプリ「ヤマレコ」により、
マタギすらしのぎかねない数m単位のナビすら手中にしている。
一見するとこれは無敵に見える。
だが、山怪は一瞬でこれらの装備や体力や経験、知識すらも無力化してしまう。
そこで必要なのは昔ながらの年寄りの知恵でしかない。
「こんな日は山に入ってはいけない」と言うアレだ。
「もし山で〇△を見たらこう念仏を唱えなさい」と言うアレだ。
令和時代の今、昔と違って年寄りは逆に知識の無い愚か者として扱われてしまう。
SNS全盛時代、スマホを使いこなす事こそ偉く、
時に経験すら無意味してしまうほど優秀な現代の機器。
だが、山怪の前では無力になる。
このある種の爽快さ。
私がこのシリーズに惹かれるのは案外そんな理由なのかも知れない。
余談:奥高尾縦走路
山怪でも裏山の階段でも登場するのだが。
日本で、いや、世界で一番登山者が多い東京の高尾山。
大勢の登山客で頂上は賑わっている。
だが、少し歩を進めると、奥に行ける道があるのに気付く。
それが奥高尾縦走路と呼ばれ、
高尾山頂上から小仏城山、景信山、堂所山、陣馬山まで行く、
実に20km超の壮大な登山道が展開している。
ここで気付いてもらいたいのは、
縦走して行く山々の名前だ。
何となく、と言うよりモロに古戦場なのである。
そう、奥高尾縦走路は幽霊のメッカだ。
登山ガイドの人達は普通に見ていると言う話しすら山怪には書いてある。
戦国時代の落ち武者やお姫様の幽霊のオンパレードらしい。
先日、2月に奥高尾縦走をした時、
まあ何とか日が落ちる前には下山出来たのだが。
午後3時過ぎくらいに、小仏城山と高尾山の中間点くらいで、
若者と擦れ違った。
「5時までに陣馬山まで行けますか?」と。
おいおい幽霊大丈夫か?と言いたいが、
気合が入っていたので多分走って行き、
行けたのだと思う、多分。
首だけの落ち武者の幽霊に囲まれてはいないと思う、多分。(笑)
