「母の西麻布、私の麻布十番」
恐ろしい予知夢を見る能力のある母が、
「こんな夢を見た」と言い出した。
人生の重大な転機を迎える時に見る予知夢なのか?、
はたまた同じ予知夢でもどうでもいい未来を当てるものなのか?、
大きな緊張が走った。
すると西麻布の夢を見た、と言う。
母にとって西麻布とは、
結婚して新しく住み始めた場所であり、
特に思い入れのある街ではなく、
むしろ嫌な思い出のオンパレードとなる、
トラウマ級の場所だ。(笑)
南麻布は私の亡き父の生まれ育った場所であり、
西麻布は私の生まれ育った場所でもあるため、
各自複雑な思いが交錯する土地柄でもある。
どんな内容の夢か?と聞いたら、
「西麻布に行こうとしていた。
でも全然分からなくて人に聞きまくっていた。
皆親切にあっちです、と教えてくれるけど、
山あり谷ありで全く着かないで途方に暮れていた」
と言う。
ハッタと気付いた。
これは私が割と頻繁に見る「麻布十番の夢」と全く同じパターンだ、と。
これは予知夢ではなく、母の深層心理が思い切り出た夢だった。
東北地方の農家出身の母にとって、
西麻布は憧れの大都会だった。
東北地方を出た後はしばらく静岡で働いていて、
母の人生で一番楽しかったのは間違いなく静岡だったと言う。
西麻布では嫁姑問題や夫婦関係の問題で嫌な思い出ばかりだが、
唯一の救いは、私と妹の小学生時代、PTAの役員をやり、
そこで出会った地元西麻布の奥様達が素敵で、
それだけは楽しかったらしい。
夢にも現れていた。
道を聞いたら親切に、と。(笑)
しかし複雑な地形と複雑な人生は西麻布の象徴そのもの、と。(爆)
そこで私もハッタと気付いたのである。
私はかなりの頻度で麻布十番の夢を見る。
予めの謝罪:麻布十番にお住まいの同級生達、ごめんなさい。(笑)
私にとって麻布十番はトラウマ級の街だ。
大抵の同級生は麻布十番の話になると、
楽しそうにオモチャ屋やらグルメやらの話をする。
しかし私は幼い頃から麻布十番に行こうぜと言われて、
徒歩や自転車で幼稚園時代から南麻布生まれの父や、
近所のガキ大将に連れ出されたのだが。
西麻布四丁目に生まれ育った私にとって、
麻布十番とは、
一旦谷の底に行き、山を登り、山を下りた所にある「寒村」だ。
当時の麻布十番は寒村と言った方がいい。
全体のイメージとしては酷く寂れた悲しい土着民達が暮らす寒村。
そこで土着民達は、訳の分からない小さなオモチャ屋1軒と、
どこにでもある鯛焼きをヤケに重宝し、
厄介なのは土着民の夏祭りに狂喜する余所者も大勢押し寄せる悲惨な場所となる。
老いた今も私がどんな夢にうなされているのかと言うと。
ビジョンはいつも同じだ。
物凄く狭くて険しい山道を登ると崖下に寒村が見えて来る。
行きたくない。
しかし同行者は大抵メチャクチャ行きたがっている。
仕方なく大切な自転車もしくはオートバイを捨てて谷に下りて行く。
だがなかなか着かない。
仮に着いても何も無い。
帰ろうと思って来た道を振り返ると断崖絶壁。
どうすんだよ!!と酷くうなされたところで目が覚める。
これが私が麻布十番に持っている深層心理だ。(笑)
(^ν^)
余談:
ただし、私は麻布十番「豆源」の信者だ。
これだけは圧倒的に好んでいて他の追随を全く許さない。
( *`ω´)ビシッ
