朝から、色々な人が出入りしていた。
親類、近所の人。


決めることも沢山あったが、ほとんどは地元の通例を聞いて

叔父に任せておけばよかった。

それでいいや、って思った。


お金のことは、母の義兄が貸してくれることになり、

葬儀屋さんの支払いまでに用意してくれることになった。

心強かった。


まだ時間的に余裕のある午前中に、事務所に連れて行ってほしい、

と夫に頼んだ。

仕事に必要なものを取りに行っておきたかった。


葬儀が終わってから、母に父が死んだ事務所で

一人留守番して仕事をしてもらうのも

精神的に負担が大きいと思ったから。


しばらくは、必要なものを実家に持ち込んで、

母に仕事をしてもらえばいいと思った。

幸い、大きなコンクリート造りの2台はゆうに入るガレージが有った。

しばらくは、ここに持ち込んで仕事をすれば何とかなる、そう思った。


とにかく、母が使いそうな書類だけでも持って帰ってくるつもりで

夫と一緒に車を走らせて、事務所に着く。

以前となにも変わらない様に見える事務所。


銀行関係の通帳、金庫、

とにかく大事にしまっておいていたようなものを

片っ端から箱に詰め込む。


引き出しを開け、通帳を出す。

どれもこれも、残高が無いことに気づく。

マイナスの通帳もある。

見てはいけないものを見てしまったような気になる。


突然、電話の音が鳴る。

そういう気分の時だっただけに、

飛び上がるほどビックリした。

「はい」電話にでる。


「もしもし、〇〇銀行の〇〇ですが。

社長さん、おいでてますでしょうか?」

父への電話に、ドキッとする。

誤魔化しても仕方ない。

通帳も、残高もない。

「いえ、社長は先日急死いたしまして。」

「さようでごさいますか、そうしましたら、所定のお手続きが

必要になりますので、またご連絡の方をお願いいたします。

社長さんの方で、銀行クレジットのキャッシングでのお借り入れが

ございますので。」


キャッシング!その言葉に驚く。

父親は私たちにはお金に対して厳しかった。

その父親がキャッシングしていた?

よく分らないけど、金利が高いのでは?

やっぱり、色々早急に進めないといけないみたい。

一気に不安がつのる。




短いような、長いような、夜が明けた。


今日はお通夜。

きっと、忙しくなる。


昨晩は、

父が横たわる部屋の真上で、

父の仕事のノートなどを眺めていた。

金曜日納期で、取引先2社の納品が必要だった。

今日は水曜。

明日まではお葬式で動けないが、

金曜日は何らかの形で仕事をしなくてはいけない、そう思った。


父の死。残された母や妹の為に。

会社の為に。自分が建てた家の為に。

自分を犠牲にして、死んだのだろうか?

家を売るのはイヤだったと遺書にも書いていた。


でも。

家を残したいから自殺したの?

そんなアホらしいこと・・・。

言葉には出せなかったが、

すごく悔しく感じられた。

そうは思いたくなかった。

だって、残したって父はもういないのに。

そんな空しい家・・・。


もしもそうならば、みんなのためを思って死んだ父に対して

父の為のお通夜やお葬式の直前に

仕事のことを考えている私は

もしかしてすごく薄情なのかもしれない。


でも。父は私に仕事を手伝うことを望んでいる。

遺書が、残された仕事のノート。

内職さんや取引先を地図に細かく書き込んでいる様子。

残された母。高校生の妹。


私たちは残されたものを生かしていかねばならなかった。

不安も有った。

母と私。

取引先の最大手は叔父の会社だったが、

最近は売り上げが落ち込んでいたので、

大阪の取引先の売り上げも有って、

今までなんとかもってきたようなものだった。

大阪の会社は全く関連が無い会社だったし、

ここでブランクをとってしまうと、

女二人で会社を継いでと決意したとしても、

仕事が同じように信用してもらえるかどうかも

正直いって心配だった。


結局は、死んだものは意思をもって動けない。

私たちが悲しみ、苦しんでいても

今更どうしようもない。

こんな状態みて、後悔してない?お父さん。

そうつぶやく。

でも、父の遺志に沿って、なんて余裕は無かった。

葬式ですら。

周りの意向に合わせて。

父の遺志どうりに、葬儀はなし、なんて出来ない。


私は心配だった。

父の兄弟がたくさん住むこの街で。

母と妹は、残された。

父方の叔父や叔母の意向を聞きながら

葬儀やしきたりに従うのがいいと、思った。


静まり返った1階に下りていった。



2階に上がって娘を寝かせていると、夫も2階に上がってきた。

部屋に入り、娘の顔を眺める。


今聞いていいのかどうか・・・悩みながらも

夫に聞いておきたいことがあった。


父の最期の様子。

夫には辛いことかも知れない。

でも、父が死んだ様子をただ一人知っている夫に、

どうしても最後の父の様子を聞きたかった。


夫は気が進まないようだったが、

少しずつ教えてくれた。


夫が母からの電話を受け、事務所に向かうと、

父の車が停まっていた。

何かあったのだ!夫はそう感じ、

~その時点では病気で倒れたことを疑っていた~

慌てて鍵のかかっていた玄関のドアを開け、

事務所に入った。


事務所に入ると、父が立っていた。

「お父さん」と思わず声をかけて、様子がおかしいと思い近づく。


父親は立っていたのではなく、障子にもたれるようにして

首を吊って死んでいた。

やっと、その状況を理解し、慌てて救急に連絡した。


救急に「父が首を吊っている」と伝えて、様子を伝える。

夫が、ヒモを切って下ろしてもいいかと聞くと、

そうしてくださいとのことだったので、

ヒモを切り、父を支えて横たえて救急車が来るのを待ったという。


首を吊った父を、一人でヒモを切って、受け止めて、

そして横たわる父親の側で救急車を待つ間、

夫はどんな気持ちだったのだろう。

私に電話してきた時、どんな・・・。


そして、救急車は到着したが

死亡を認めるとすぐに帰った。

警察にも連絡が入り、今度は警察を待つことに。


警察では、父の死は「事件」だった。

死亡した状態で置いておかなかった事に、

警察は文句をいったらしい。

「勝手に、遺体を触ると困ります。」

ただ、自筆のサイン入りの遺書があることなどから、

特に事件性は無いと判断され、遺体を警察で検視されずに済んだ。

近所の街医者を呼んで、死亡診断書を書いてもらえばよい。


叔父や叔母がきて。

街医者に診断書を書いてもらって。

葬儀屋さんが来て。


細かいところ全てを聞いた訳ではなかったが、

夫に父がなくなった時の様子を聞いたのは、

その晩、一度だけだった。

あれ以来、8年になる今でも、その話をしたことが無い。


2階のそれぞれの個室からは、あちこちで、すすり泣いたり、

わめいたりする声が時折聞こえた。

みんな、きっと一睡もしていなかった。

私も、うとうとしているような、頭がさえているような。

ぼーっとしているような。


こうして、父が死んだという現実を受け入れた一日は終わった。