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シロブーのブログ

高齢のためお茶の先生が引退され、以来弟子のみでセカンドライフの楽しみとして続けているお茶を中心に、感じたことをアップしていきます。

 去年の3月に亡くなった母は、最後の頃「あの混ぜご飯が食べたい」と、悲しそうにつぶやいたことがありました。


 彼岸に母が作っていたちらし寿司が、「あの混ぜご飯」であることを、私は当然わかっていながら、気のない返事をしてしまいました。



 元気だった母も90歳になり、じきに立ち上がりができなくなり、半月で亡くなりました。


 あまりにあっという間のことで、「あの混ぜご飯」を食べられずに、母は亡くなってしまいました。

 料理上手の(母の)叔母から、母は「あの混ぜご飯」を習ったそうです。


 高級素材は全く使いません。

 

 全ての材料を細かく刻み、口に入れてどれひとつジャマにならないようにと言われたそうです。



 母から直接聞いたのではありませんが、母が混ぜご飯の作り方をマスターした時、(母の)叔母から「これでどこへ嫁に出しても恥ずかしくない」と言われたそうです。



 甘味を極力抑え、酸味を効かせたちらし寿司は、いつも丁寧に作られていて、私や親戚一同、彼岸を楽しみにしていたものです。



 高齢となり作らなくなり10年以上経っても、母にとっては自慢の料理だったことがわかりました。


 亡くなってから作っても遅いですが、端で見ていた記憶と、想像とで、私が作ったちらし寿司です。



 「あの混ぜご飯」にはなっていないですがせめてもの供養に、彼岸が来るたびに作っています。



 具材が用意できました。



 茶色いのは椎茸、牛蒡、油揚げ、干瓢を醤油味で煮たものです。

 

 白いのは蓮根を、酢と少量の砂糖で煮たものです。


 人参は塩で煮てます。




 それらを寿司飯に混ぜた状態です。

 寿司酢は、酢多め、砂糖はかなり少なくし、塩も控えめです。



 錦糸卵と三つ葉と紅生姜(みじん切り)と刻み海苔は上に散らします。

 母が亡くなってから、彼岸の度に作ってますが、毎回多少味が違います。
 
 母は毎回同じ味のものを作っていたので、その凄さに今頃驚いています。

 母の言っていたあの混ぜご飯は、いつになったら作ることができるのでしょうか?

 これで大丈夫と思うのが作れたら、レシピ化したいとは思っていますが、たとえまぐれで一度作れても、毎回となるととても無理だと思います。

 死ぬまでにやりたいことのリストを作るとしたら、まず最初にあの混ぜご飯をレシピ化するを挙げたいと思います。