ぐる〜と湘南のみち、茅ヶ崎市内を歩いています(2026年3月1日に歩きました)。
26km付近だったでしょうか。最後のチェックポイントを通過。
スタッフさんにマップへシールを貼ってもらいます。後はゴールを目指すのみ。
この辺りからかなりのどかな雰囲気になってきます。
前を歩いている黒い服装をした参加者の方としばらく同じペースで歩いていましたが、途中で立ち止まって何かを拾っているような様子をしていました。
何を拾っているんだろうな?と思いながら後ろについて歩いていたのですが、しばらくするとごみ箱の前に立ち止まり、持っていたものを捨てていたのを見かけました。
道端に落ちている空き缶やペットボトルを拾ってごみ箱に捨てていたのですね。素晴らしい行動です。
追いついて話しかけようと思ったのですが、かなり速いペースだったので追いつけなかったのが残念でした。
さて、ここでコースを30~40mほど逸れてちょっとだけ寄り道。
こちらの建物は茅ヶ崎市博物館なのですが、その隣にマンホールがありますね。
なぜ、茅ヶ崎市と岡崎市が「ゆかりのまち提携」を結んでいるのか。
そもそもそんな提携都市のマンホールなら駅前に設置しても良いのに、なぜ郊外のこの地に設置したかというと
その「ゆかりの人物」がこの付近に縁があるから、なんです。
地図にその人物が載っていますね。
こちら・・・の建物は別でして「旧和田家住宅」という江戸時代にこの付近の村役人を務めた家族の邸宅です。
その近くにあるのが
こちら浄見寺(じょうけんじ)というお寺。
右側の石柱には「大岡越前守菩提所」とありますね。
そう、茅ヶ崎市と岡崎市の「ゆかりの人物」とは江戸時代に「名奉行」として名高かった
大岡越前守こと大岡忠相のことだったのです。
「大岡越前」はTVドラマ化されましたが、やはり私の世代では大岡越前といえば加藤剛さんですね。
それで、大岡忠相の祖先が徳川家康が江戸入りした時に与えられた領地がこの辺り、現在の茅ヶ崎市の堤にありました。
そして菩提寺がここ浄見寺で代々のお墓があります。大岡忠相もここに葬られているそうです。
一方、岡崎市については江戸町奉行として8代将軍徳川吉宗の「享保の改革」へ尽力した功績から
現在の岡崎市内の西大平藩の大名となりました。もっとも江戸での仕事で多忙により、西大平には出向くことなく陣屋があるのみだったそうです。
以前私が「東海道歩き」をしましたが、旧東海道の近くに大岡忠相の西大平の陣屋があったそうです。
時間の都合で寄れず、「西大平」の交差点だけ写真を撮った記憶があります。
そんな訳で茅ヶ崎市と岡崎市は「大岡越前つながり」という事でこの地に「交換マンホール」が設置されたのですね。
こちら浄見寺の本堂。
大岡忠相のお墓は時間の都合で寄れませんでした(お墓の参拝・見学時はお寺の方に声を掛けてくださいとのことです)。
では、本題に戻ります。
農地が広がりのどかな雰囲気が続きます。
茅ヶ崎というと「湘南の海岸」や「サザンオールスターズ」のイメージが強いですが
内陸部は里山の雰囲気ですね。
茅ヶ崎市北部は初めて訪れましたが、ともすれば海岸のイメージの茅ヶ崎のまた違った魅力を感じられて良かったです。
さらに進むとちょっときつめの坂が。
茅ヶ崎駅の南側は海岸に近いので平坦ですが、北部のこの辺りになると相模原台地の一部となる小高い丘陵地になっています。
さて、大通りに入り三度藤沢市に戻ってきました。
大きな団地の横を通り左折します。
さらに進むと船地蔵公園という公演があります。
ここからは一昨年のコースとほぼ一緒になります。
ちなみに船地蔵という珍しい地名は、この付近に舟に乗ったお地蔵様があるからなんだそうです。
この付近ものどかな雰囲気。
引地川沿いをしばらく歩きます。
あ、この桜は一昨年も見た桜ですね。
再会できて良かったな。もっとも一昨年は冷たい雨の中でしたので今回は晴れてさらにきれいです。
このごみ処理場の煙突も2年ぶり。
一昨年は紙のマップだったので、橋を渡るのを見過ごしてしまい道を間違えてしまったのですが
今回は間違えずに歩けました。
もうすぐゴールです。
⑦に続く。




















