東海道中ひざびっくり、御油宿に到着しました。




























御油の松並木に来ました。ここは江戸時代から続く数少ない松並木で約300本の松の木が並んでいます。「東海道中膝栗毛」では弥次さん喜多さんがキツネに化かされた舞台となりました。




























これは復元された御関札。大名が宿場町に宿泊する際に町の役人が宿場の入り口に掲げた札のこと。この札でいうと、今ここに松平丹波守が泊まってますよ。無礼のないようにという注意書きの役割を果たしていたそうです。










































見附跡。見附とは宿場の入り口で出入りする人々を見張っていた場所のこと。




























松並木を抜けると大きな楠の木が見えてきます。ここは関川神社で楠は樹齢800年を越えるとか。もうすでに赤坂宿についたようです。




























ここでマンホール発見。歌川広重の描いた「東海道五拾三次」の赤坂宿の浮世絵をモチーフにしたものです。






マンホールのデザインに浮世絵を使うということが画期的ですし、そしてそもそものデザインが名画を元にしてるわけですから本当に素晴らしい。赤坂宿付近で数も少なくしかも合併前の旧音羽町のものであるということも合わせると、希少性・発想力・デザイン性と今までわたくしが見てきた中でも五指に入るマンホールですね。




























松尾芭蕉の句碑「夏の月 御油より出でて 赤坂や」御油から赤坂までの距離は夏の夜に月が出ている時間くらい短い、という趣旨だそう。実際に2km弱で東海道五十三次の中でも最も短い距離です。元々は御油・赤坂の2宿は「赤坂御位」という1つの宿場だったのだそう。




























ここ赤坂宿も宿場町らしい雰囲気です。










































この赤坂宿でも一番の名所、大橋屋にやって来ました。1649年の創業以来江戸時代には旅籠としてそれ以後も旅館として営業し続けていました。松尾芭蕉や歌川広重も泊まったとか。惜しまれつつも2015年3月に営業を終えました。わたくしが訪れた時はまだ営業してましたので、少しだけ見学させていただきました。





























歌川広重の赤坂宿の浮世絵もここ大橋屋をモデルにしているそうです。




























いやあ、こんな風情のある旅館に泊まれたら最高でしょうねえ。今では豊川市に
寄贈され一般公開するための保存整備工事をしているそうです。











































というわけで名電赤坂駅に到着。




























今回の歩数。距離は歩数ベースで16.18kmでした。





歩いたルートの地図をのせてみました。






















東海道中ひざびっくり、次は赤坂から岡崎を目指します。