りんりんらんち
 
 
それでは前回お話した通り
 
 
トコトコ大田原内にある
 
 
こみや食堂さんへ。
 
 
 
 
 
 
 
13時過ぎの入店でしたが、店内には食事をしているお客さんで埋まっていました。
 
 
地元から愛される人気店のようです。
 
 
こちらがメニュー。
 
 
鉄板料理が人気のようです。
 
 
 
 
 
そして注文したのは
 
 
鉄板ナポリタン
 

 

 

 

 
 
ジュ〜ジュ〜と鉄板からいい音がなっています。
 
 
ボリュームもたっぷりです。
 
 
 
 
 
 
こみや食堂さんの鉄板ナポリタンなどのパスタは
 
 
唐揚げやとんかつとも一緒に注文できるポリュームたっぷりなメニューもあるのですが
 
 
ナポリタン食べる時は私はご飯が欲しくなるのでライス(小)も注文。
 
 
小と言っても180gとお茶碗に普通に一杯なので、注文を取った奥様に小でもさらに少なめにしてくださいと頼みました。
 
 
調理は旦那さんがしているようです。
 
 
 
 
 
 
お味噌汁もついてきます。
 
 
出汁をほんのり感じさせる丁寧な作りのお味噌汁でした。
 
 
 
 
 
それでは鉄板ナポリタンを一口。
 
 
ふうふうと冷ましながらパクリ。
 
 
あふっあふっ!熱々のナポリタンですから気をつけて食べなくてはですね。
 
 
うん、熱々のナポリタンおいしい!
 
 
 
 
 
 
そしてナポリタン・オン・ザ・ライス。
 
 
甘酸っぱいケチャップのナポリタンとライスの相性ぴったり。
 
 
 
 
 
 
 
ソーセージなどの具もちゃんと入ってます。
 
 
最後まで熱々のナポリタンでした。
 
 
 
 
 
ごちそうさまでした。
 
 
お会計の時に奥様に
 
 
「横浜から来ました。ここはおいしいと評判と聞いて来ました」
 
 
とお話したら喜んでくれました。
 
 
ほんのひと時でしたが、地元の方と触れ合うのは良いものですね。
 
 
 
こみや食堂さんの詳しくはこちら。
 
 
 
 
 
 
2816
 
 
 
 
 
「みちのくひとり歩き旅」、栃木県大田原市内を歩いています(2026年5月3日に歩きました)。
 
 
 
 
 
 
鐘がありますがお寺ですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
光真寺というお寺で
 
 
前回お話した、大田原の地域を治めていた大田原氏歴代の菩提寺です。
 
 
 
 
 
 
 
立派な門です。
 
 
左側には金剛力士像がありますが、普通対になっているのに右にはいないですね。
 
 
 
 
 
 
ふと見てみると、足だけがあってその横に犬の像があります。
 
 
金剛力士像右側の口を開けた阿形は東日本大震災で倒壊してしまい、そのままなのだそう。
 
 
犬の像は後から加えられたのかな?
 
 
 
Wikipediaの画像
 
 
以前はこのように阿吽と対になっていました。
 
 
 
 
 
 
こちらが本堂。
 
 
 
 
 
 
三十三体観音。
 
 

 
 
 
歴代大田原城主之墓所の石碑。
 
 
ここに歴代の城主のお墓があります。
 
 
 
 
 
 
これが歴代の城主のお墓。
 
 
光真寺を開設したのも前回の大田原城と同様に大田原資清でした。
 
 
それまでは大田原氏は大俵氏と名乗っていて那須氏の配下でしたが、内紛により同じ配下の大関氏より讒言され失脚。一時は兄が僧となっていた越前の永平寺に逃げ込みました。
 
 
そこで越前を治める朝倉氏からの援助を受けて那須へ帰還。ライバルの大関氏へ大打撃を与えて再びこの地を治める事になりました。
 
 
その流れで大俵から大田原へと姓を変え、那須氏家中で実権を握ります。また、それまでの菩提寺を変更し兄を住職として迎えて光真寺を開設したそうです。
 
 
 
以上、歴史の話終わり。
 
 
 
 
 
 
 
おっと、ここに飛び出し坊やの、「とびたくん」がいました。
 
 
 
 
 
 
 
こちらは大田原市内でも中心部にある、複合商業施設や図書館などの公共施設が合わさった
 
 
トコトコ大田原です。
 
 
 
 
 
そのトコトコ大田原内にある
 
 
こみや食堂さんでお昼ご飯。
 
 
 
 
 
 
鉄板を使ったメニューが看板なので
 
 
鉄板ナポリタンをいただきました。熱々でおいしかったです。
 
 
詳しくは次回の「りんりんらんち」で。
 
 
 
 
 
 
 
すぐ隣には蔵造りのカフェもあります。
 
 
 
 
 
古くからの宿場町の面影がのこっていますね。
 
 
 
 
 
 
そしてマンホールも那須与一でした。
 
 
 
 
 
 
さて、路地を一本はいると高級料亭のようなお店が(調べたら居酒屋でした)。
 
 
 
 
 
 
そのまま進むと一転して大衆居酒屋や
 
 
 
 
 
 
スナックらしきお店が並びます。
 
 
 
 
 
 
 
こちらはタイパブかな?
 
 
この通りは「親不孝通り」という通称の
 
 
飲み屋やスナックなどが立ち並ぶ大田原の中でも一番の歓楽街。
 
 
 
 
 
 
こういう飲み屋街・歓楽街の雰囲気良いですね。
 
 
夜になるとまた違う雰囲気なのでしょう。
 
 

 

 

 
 
ちなみに前に話した、大田原市出身の真中満さんのお姉さんが経営しているスナックもこの付近にあるそうです。
 
 
古田敦也さんたちと訪れて盛り上がったようです。
 
 
 
 
 
 
 
コンセプトカフェ、いわゆる「コンカフェ」なんかもあるんですね。
 
 
 
 
⑦に続く。
 
 
 
 
 
2815
 
 
 
 
 
 
「みちのくひとり歩き旅」、大田原市内を歩いています(2026年5月3日に歩きました)。
 
 
 
 
 
 
 
何となくローカル色の濃い商店街に入ってきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
振り返ると立派な薬師堂があります。
 
 

寛政5年(1793年)に大田原庸清(つねきよ)により再建されたものが現在の建物だそうです。

 
 
大田原市有形文化財。
 
 
 
 
 
 
彫刻が見事ですね。
 
 
 
 
 
 
まさに鬼瓦。迫力があります。
 
 
 
 
 
 
 
こちらは舎利塔。元禄7年(1694年)の建立。
 
 
 
 
 
 
この辺りから
 
旧奥州道中(旧奥州街道)大田原宿
 
に入ったようです。
 
 
言われてみると先ほどの商店街の緩やかなカーブは旧街道らしい道です。
 
 
大田原宿は奥州道中の宇都宮から数えて5番目の宿場町。
 
 
宿場町の遺構そのものはほとんど残っていないようですが、所々宿場町の町並みが感じられます。
 
 
 
 
 
住所は中央。
 
 
文字通り古くからの大田原市内の中心部になります。
 
 
 
 
 
 
先ほども述べたようにローカル色の濃い建物が多く感じます。
 
 
 
 
 
 
 
 
このタバコ屋さん?も渋い感じでいいですね。
 
 
 
 
 
 
この弓を持った像は
 
 
那須与一
 
 
「源平の戦い」の1つ屋島の戦いで
 
 
平家方の船の帆先に乗せた「扇の的」を見事射抜いて源氏方の士気高揚につながり
 
 
その後の勝利の立役者となった伝承を持つ「弓の名手」ですね。
 
 
その那須与一、ここ大田原市内が地盤の地だったそうです。
 
 
ここから5kmほど東側に道の駅那須与一の郷や那須与一伝承館などがあります。
 
 
 
 
 

 

 

 
 
少し遠いのでそちらには寄れませんでしたが
 
 
三度U字工事のお二人が訪れた様子です。
 
 
 

 

 

 

 

 

 
 
 
U字工事は「那須与一まつり」でも那須与一に扮し、「地元の顔」ですね。
 
 
那須与一のように弓は得意ではないみたいですが。
 
 
 
 
 
 
 
こちらは金灯籠(かなどうろう)。
 
 
大田原宿の道中の安全のために大田原宿の有志によって江戸時代に建てられたのですが
 
 
戦中に金属物の回収に応召されました。
 
 

 

現在は三代目。1979年(昭和54年)に地元商店街有志により初代そっくりに再現されました。

 

 
 
 
 
 
金灯籠の下部には再建に携わった方々の名前が刻まれています。
 
 
 
 
 
 
 
金灯籠の周りはちょっとした広場になっていて休憩スペースになっています。
 
 
 
 
 
 
 
 
こちらは大田原市商工会議所。
 
 
 
 
 
 
その隣には不思議なアート作品がありました。
 
 
 
 
 
 
 
何だろう?と後から調べたら
 
 
アーティストインレジデンス太田原2024という
 
 
海外のアーティストを招いて制作された作品のようです。
 
 
 

 

 

 
 
 
 
 

 

ところで地図を見ると、大田原宿は東北本線の線路からはかなり離れています。

 

宇都宮から先、奥州道中は路線から離れていることが多いですが

 

大田原宿では鉄道敷設時に地元から「反対運動」が起こったことから駅が作られなかった、という説があるそうです。

 

 

しかしながら、それが決定的な理由ではなく、単に今のルートが当時の技術的に通しやすかったから説や、前に述べた「明治の元勲」の農地近くに通した説などもあるそうです。

 

 
 
 
 
 
 
 
その後はこちら
 
 
大田原城趾公園へ。
 
 
 
 
 
 
戦国時代の1543年に大田原資清によって築かれました。
 
 
関ヶ原の合戦では大田原晴清は東軍につき、上杉家の抑えとしてここ大田原城で睨みを効かせた事への戦功から1万2000石の大名となり、大田原藩が設立されました。
 
 
以後江戸時代末期まで大田原藩としてこの地を治めました。
 
 
 
 
 
 
 
かなり高い土塁です。
 
 
 
 
 
 
階段を上ると
 
 
 
 
こちらが本丸跡。
 
 
戊辰戦争では新政府軍側についたため、旧幕府軍からの激しい攻撃に大きな被害を受け、明治以後に廃城となりました。
 
 

 

 

 

 

 

 
 
 
今では龍城公園とも呼ばれて、桜の名所として大田原市民に親しまれているそうです。
 
 
 
⑥に続く。
 
 
 
 
 
 
2814
 
 
 
 
 
「みちのくひとり歩き旅」、栃木県那須塩原市内を歩いています(2026年5月3日に歩きました)。
 
 
 
 
 
 
 
 
するとまた大田原市に入りました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こちらに西郷神社とありますね。
 
 
西郷隆盛に関係してるのかな?
 
 
 
 
 
 
脇には立派なヌマスギが。
 
 
大田原市の天然記念物に指定されています。
 
 
 


 
 
西郷神社と言っても西郷隆盛ではなく、弟の西郷従道の事。
 
 
その西郷従道がアメリカから持ってきた苗がこのヌマスギとして今も生えています。樹齢は100年ほどだとか。
 
 
 
 
 
こちらが西郷神社の鳥居。
 
 
 
 
 
 
これが本殿。石造りの見事な本殿です。
 
 
先ほどの西郷従道が祀られています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
西郷神社の前にも水路が。
 
 
前回紹介した那須疎水の水路です。
 
 
西郷従道は兄の西郷隆盛同様薩摩の出身で、西南戦争では隆盛とは袂を分かち、政府軍として東京にいながら後方の指揮を執ったのですが
 
 
大田原とは一見関係なさそうな西郷従道がなぜここで祀られているかといいますと
 
 
こちらの那須疎水が出来たのをきっかけに従兄弟の大山巌と共に西郷従道はこの辺りの開墾に励んだ事が由来だそうです。
 
 
明治新政府の重鎮たちが殖産興業のため那須野が原の開発に土地を取得し、農園を各地に建設した一環だそうです。
 
 
 
 

 

 

 
 
こうした「明治の元勲」たちは各地で農園を開きましたが、水田のみならず欧州の農業を参考にして牧場が多く作られました。水不足に長年悩んできた那須野が原に適した産業とも言えます。
 
 
そのおかげで現在那須地方は酪農が盛んで、北海度以外の本州では最も乳製品の産出量が多い地域になりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
ちなみにここの地名は加治屋といい
 
 
西郷従道が生まれ育った薩摩の加治屋から
 
 
加治屋開墾場と名付けたそうです。
 
 
この付近の開墾に大いに貢献したことから西郷神社としてまつられたのでしょう。
 
 
兄であり地元の英雄である西郷隆盛や薩摩のかつての同志と相対したことから、従道はもう2度と生まれ故郷を踏めない、という思いを込めて加治屋という名前をつけたのかもしれないですね。
 
 
 
その後従兄弟の大山巌とは農園を分けたそうですが、大山巌に関する場所は後ほど出てきます。
 
 
 
 
 
 
ではどんどん進みます。
 
 
国道沿いのロードサイドですからドン・キホーテもあります。
 
 
ちょっと変わった四角いドンペンちゃん。前の施設の看板の再利用みたい。
 
 
 
 
 
 
その後美原という地域に野球場が見えてきました。
 
 
 
 
 
公園では親子が遊んでいます。
 
 
 
 
 
 
公園の一角にあるこの球場。
 
 
真中満記念球場とありますね。
 
 
元ヤクルト監督の真中満さんも大田原市出身。
 
 
 
 
 
 
 
 
中には入れませんでしたが監督時代のユニフォームも展示しています。
 
 
野球場内では少年野球チームが練習していました。
 
 
 
真中満さんは球場の命名式にも参加。
 
 
中学生の頃この球場で練習もしたそう。
 
 

 

 

 
 
ファンとの大田原バスツアーも企画されたそうです。
 
 
真中満記念球場でもキャッチボールも。
 
 

 

 

 

 

ここでも登場U字工事。

 

 

地元大田原の美原公園をお散歩です。真中満さんの話題も。

 

 

 

 
 
 
 
ボウリング場もあり、だんだんと大田原市の中心部に近づいてきました。
 
 
 
⑤に続く。
 
 
 
 
 
2813
 
 
 
 
 
「みちのくひとり歩き旅」、栃木県大田原市内に入りました(2026年5月3日に歩きました)。
 
 
 
 
 
 
大田原市の中心部へは8km。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
するとまたB級な感じの不思議な手書きの看板が。
 
 
声楽家が発明した歌ってバストアップ
 
 
声の出やすくなる下着ヒップアップとあります。
 
 
なんだろう?これ。
 
 
 
 
 
 
こちらは新しい看板。
 
 
こちらも声が出やすくなるとか、バストアップと書いてありますが
 
 
喫茶レストランそよ風とあります。
 
 
ん?下着屋さん?歌のレッスン?レストラン?
 
 
ますます謎だな。
 
 
 
 
 
 
この建物がそのレストラン兼下着屋さん?
 
 
どうやら閉店しているみたい。
 
食べログにも載っていましたが、本当に下着も買えるレストランだったそうです。
 
 
なんだかこの辺りB級な物が多くてこういうの好きだったりします。
 
 
 
 
 
 
 
ここからはしばらく国道461号沿いをまっすぐ歩きます。
 
 
この辺りはずっと平坦な道で歩きやすいです。
 
 
 
 
 
 
住宅も結構あります。
 
 
庭先の畑仕事をしているおばあちゃんもいて生活感がありますね。
 
 
 
 
 
 
右手には鮮やかな緑が。
 
 
麦畑です。田んぼもあちこちで見かけます。
 
 
 
 
 
 
国道を横切るように通っているこの水路。
 
 
これが実はこの辺りの地域で重要な水路なのです。
 
 
 
 
 
 
 
この水路は那須疎水(なすそすい)と呼ばれる水路です。
 
 
先ほど渡った箒川とさらに北側にある那珂川に挟まれた大田原市や那須塩原市にまたがった地域は
 
 
「那須野が原」と呼ばれています。
 
 
 
※栃木県HPより
 
 
 
この那須野が原は4万haもある日本最大の扇状地。
 
 
扇状地とは山地を流れる河川が運搬した砂や石が山頂を頂点にして扇状に広がった土地の事で
 
 
砂や石が地表を覆っているため水が地下まで浸透してしまい、「手にすくう水もない」と言われていたほど水不足に悩まされた地域でした。
 
 
 
 
 
※Wikipediaより引用(赤い点が現在地)
 
 
 
この那須野が原はそうした水が不足し農地には向かない広大な原野が広がる「不毛の地」でしたが
 
 
明治13年頃、地元の名士である矢板武と印南丈作が那珂川から水を引く水路の計画を立て明治政府に何度も陳情。
 
 
その甲斐があって政府も水路の建設に乗り出し、明治18年(1885年)には完成します。
 
 
 

 

 

 
それが那須疎水です。
 
 
上の地図は那須疎水の流域が記されています。
 
 
疎水とは人工の水路の事ですが、この那須疎水は日本三大疎水の1つで
 
 
その中の1つは以前東海道歩きでも触れた琵琶湖疏水。
 
 
 
 
 
琵琶湖から郷土市街へ水を引いた水路の事で、南禅寺にある水路閣も琵琶湖疏水の一部になっています。
 
 
 
蘊蓄ようやく出ました。
 
 
 
 
 
 
 
この那須疎水のおかげで大田原市の那須野ヶ原でもこうして水田が広がるようになりました。
 
 
那須疎水と那須野ヶ原、これからも何度か出てくるので覚えておいて下さいね。
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

こんな風に田んぼとスーパーが隣あっています。

 

 

農地だけでなく、住宅地もありますしスーパーなどのお店や飲食店もそこそこ多く、混在しているのが地元ではあまり見ない光景なので興味深いです。

 

 

もっともこの辺りの方にとっては当たり前なのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

一区町という交差点。

 

 

よく見てみると那須塩原市と書いてあります。

 

 

 

 

 
 
 

 

 

いつの間にか那須塩原市に入っていました。

 

 

国道461号沿いは大田原市と那須塩原市が入り組んでいるようです。

 

 

 

 

 

コンビニで休憩。

 

 

栃木と言えば「レモン牛乳」。スッキリしていて飲みやすいです。

 

 

正式には「関東・栃木レモン」という商品名だそう。

 

 

「レモン牛乳」と言われて思い出すのは「ごめんねごめんね」のフレーズと栃木弁で漫才をする

 

 

U字工事の2人。

 

 

U字工事の福田薫さんは那須塩原市(旧・西那須町)出身。

 

 

益子卓郎さんは大田原市出身。

 

 

共にこの辺りの出身で大田原高校の同級生でその時から漫才コンビを組んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

U字工事が「レモン牛乳」を製造している栃木乳業さんへの取材のTV動画。

 

 

 

この後もU字工事さんは何度か登場します。

 

 

 

 

 

 

 

まっすぐ平坦な道を黙々と歩きます。

 
 
 
④に続く。
 
 
 
 
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