しかし、ある日突然転機が訪れた。彼女が小学校の教科書や小説を読んでいて、物語の世界観が好きになったのか、こういう物を作りたいと思っていたのかは分からないが、いきなりスケッチブックに絵を描き始めたのだ。もちろん、ずっと家から出ることはないので、今のうちだろうと思っていた。すると、次第に学校に行くことは出来るようになったが、他の児童と一緒には登校できないため、1時間ほどずれて登校し、1時間ほど早く下校した。実際に登校しているのは保健室に併設されている個別学習室という不登校などにより長期間学校に来られなくなってしまった子供や喧嘩などをしてクールダウンが必要な子供たちが勉強をする場所だ。もちろん、教室とは映像はつながっていないので、定期的に通学している子供たちはその日の課題が入り口に置いてある番号棚に入れられて、課題が終わった時には課題回収用のポストに入れることになっている。使う部屋も個室になっており、外から見える心配もない。

 

 そして、彼女が高学年になったときにひょんな事を言い出す。それは、「もっと勉強をしたい」という今までの彼女からは想像することが出来ないほどの言葉だった。今まで教科書を見ることは出来たが、長時間見ると体調がおかしくなるのか全科目をやりきることも難しかった彼女を知っている母親にとっては信じられなかった。もちろん、彼女にとっては未知の世界への挑戦を意味していた。彼女にとっては失った小学校生活約2年の遅れを取り戻すかのような決心だった。この決心を母親も兄弟・姉妹も了承していた。むしろ、姉たちにとっては普通に小学校に行って、普通に中学校に入れる事が当たり前のような日常を過ごしていたため、彼女が「中学生で進学クラスに入りたい」という言葉に最初は耳を疑った。まして、小学生6年間の生活の内4年間は学期の出席日数が約30日程度しかないため、年間の出席日数が4分の1程度にしかならない。つまり、進学クラスに合格すると年間休日よりも授業日が多くなるということだ。このときから先生と両親は登校日の多さに心配していた。彼女は不登校になった経験もあるため、彼女にとってストレスになってしまい再び学校に行けなくなるのではないか?という心配も時々見え隠れしていた。だからこそ、この挑戦は難しいのではないかと両親だけは内心で思っていた。そして、中学校のクラス選抜試験当日がやってきた。彼女は朝から落ち着かない様子で、急にお腹が痛くなるなどトイレとお友達のような状態になっていた。しかし、彼女の顔には不安を感じさせるような表情ではなく、今からやってやろう!という感じの笑顔だった。もちろん、彼女にとっては初めての選抜試験であり、前年の選抜クラスの基準点である3科目290点以上を目指した。しかし、彼女は事前の模擬試験では275点と選抜クラスに入るためには少し不安な点数になっていた。もちろん、285点でも進学クラスに入れた人もいるみたいだが、そういう人はかなり運がよいと思うしかない。なぜなら、280点以下の合格者は翌年の入れ替えテストで一定成績以上を取れないと普通クラスに落とされてしまう。つまり、1年生で成績が良くても残留基準の成績を満たしていないと次年度は脱落させられてしまうのだ。それだけ成績や努力などが重要視される世界で生きていくためのサバイバルを体験することと同じだろう。