痛みと、30分ごとに腕を締め付ける血圧計と、足裏につけたポンプの動きで、


ロクに眠れないまま、次の日を迎えました。


午前中の早い時間に、痛みどめを点滴してもらってから、夜眠れなかったこともあり、


眠っていたら、看護師さんに、「夜眠れなくなりますよ。」と起こされました。


それは、百も承知ですが、夜眠れない状況なんだから仕方ないだろうるさいなと思いつつ、「はい。」と丸く答えました。


それから、足が曲げられるということで足裏のポンプと、酸素マスクが取られました。


そして、尿道カテーテルが抜かれました。これは痛いと思ってましたが、手術切開部の


痛みの方がひどかったため、そんなに感じませんでした。


ちんちん丸出しの羞恥心も、手術切開部の痛みでどうでもよい感じでした。


また、陰部を清拭されたときも、痛くてなにも感じませんでした。


午後から、歩いてみましょう。ということになりました。


ベッドからは何分もかけて、ようやく立ち上がることができました。


点滴台にしがみついて、腰が曲がったまま、フラフラと少し歩きました。


「俺は、元気になって再び社会生活を送ることができるようになれるのか」と不安しょぼんになりました。


看護師さんに「おしっこに行きたくなったら、声かけてトイレに行ってくださいねぇ」と言われました。


数時間後、トイレに行きたくなり、またフラフラと腰を曲げてトイレに行きました。


トイレまでの数十メートルが果てしなく長く感じられました。


看護師さんに「最初は少し痛いですよ」と言われたとおり、排尿時の痛みはそこそこありました。


それよりも、途中で、「きちんと出てますか~」と看護師さんがトイレに来たのがちょっと・・・と思いました。






手術が終わった後、観察室で目が覚めました。


看護師がICUで30分おきに自動測定する血圧計、酸素マスク、足裏につけるポンプ等を


手際よく取り付けていました。


体からは、色々な管が出ていました。


下から説明すると


尿道カテーテル ・・・トイレにいけないため、尿道から膀胱に管を入れる。(結構太くてビビった)

腹腔内ドレーン管・・・腹膜炎による膿を出すためのもの。

胃管 ・・・手術後数日間胃腸の動きが止まるため、胆汁等を吐く前に出すもの


このなかで胃管が苦しくて、オェってなりそうなのを必死で抑えていました。


近くで、父親が深いため息をついてたのがうざくて看護師に注意をしてもらいました。

これから、回復していくというのに不適切です。


お尻にはオムツが取り付けられていました。これは、医療上のことと言え、情けない気持ちになりました。


しかし、切開部の痛みがひどく、何も考えれず、体もピクリとも動かせませんでした。


時々看護師さんに体位を動かしてもらったりしたのですが、微調整が自分でできないため、


お尻や腰や肩が痛くなりました。寝がえりの重要性がよくわかりました。


先生や看護師さんが頻繁に「どうですか~?」と見に来てくれましたが、


「いいいいい、痛いです」としか言えませんでした。


こうして、痛みにヒクヒクするだけで手術後1日目は終わりました。



「○○さん、手術終わりましたよ~」看護師という看護師の声がして目が覚めた時、


病室のベッドで横になっていました。手術から4時間後の早朝のことでした。


この時は、まだ麻酔が抜けてないこともあり、ふわっとした感じでした。


体に、酸素濃度計、血圧計、足底部ポンプ、酸素マスクが取り付けられました。


2,3時間経って、麻酔が切れてきた頃から、痛みが襲ってきました。


筋肉痛のひどいバージョンみたいな痛みでした。


筋肉痛は動くと痛いのですが、手術後の痛みは動かなくても痛いというものでした。


痛み止めを点滴で入れてもらって、やっと耐えれるレベルとなりました。


5,6時間経った感覚がして、痛み止めが切れて再び耐えがたい痛みがでてきたため、


痛み止めをくださいと言ったら、まだ1時間しか経ってないので、待ってくださいと言われました。


痛み止めと痛み止めの間の時間が過ぎない感じも、また経験したことのないものでした。


この痛み止めもろくに効かずにヒクヒクした状態は5日ほど続きました。おやすみ



前回のエントリーで書いたとおり、穿孔性腹膜炎になり、救急搬送救急車され緊急手術を受けたわけですが、


痛みについて言えば、経験したことのない痛みで、いい大人の男であるにもかかわらず、


「痛い、痛い((+_+))」と呻いてしまうものでした。


救急隊員が来てくれた時くらいから、痛みは激しくなり、自力で動くことが不可能となっていました。


病院までの15分がとても長く感じられ、時折、痛いと呻いていました。


なお、この段階では、救急隊員が凛々しいお姉さんだとも思っていましたので、意識はハッキリしていたと思われます。


ただ、他人を前にして、情けなく呻くほど痛かったのは間違いありません。


出産時の陣痛もこんな感じの痛みなのかなと思ったりする余裕もまだありました。


病院についてからは痛みがひどく、痛み止めください。と連呼していました。


しかし、先に各種検査ということになり、血液検査、CT検査、レントゲン検査を受けました。


中でもCT検査、レントゲン検査は姿勢をまっすぐにしなければいけないため、


痛みで蹲ってる状態を直すのもまた激痛に襲われました。


果てしなく長く感じられた30分が経過したくらいで、痛み止めが打たれ、やっと、呻きが止まりましたが、


今度は吐いたりして苦しかったのを覚えています。


意識が、ぼんやりしている中、先生が手術の説明を両親にしていました。


その後、手術の準備が整うのを1時間くらい待ち、緊急手術を受けることとなりました。


痛み止めが早くも切れてきていたため、手術の恐怖は痛みで消されていました。


手術台の上で、麻酔を吸入したらすぐ意識を失い、気づいたら、観察室にいました。


そこからは手術後の痛みの始まりとなるのでした。






春になったある日のことです。


風呂を上がると、腹が張った感じだったので、マッサージをしていたら、


プスっと空気が抜ける感じがして、激痛が走りました。叫び


痛みはどんどんひどくなり、吐いても収まらず、動けないほどになりました。354354


そこで、親に救急車を読んでもらい、最寄りの総合病院に搬送されました。病院


激痛の中、なんとかCT検査とレントゲン検査を受けました。


結果は、穿孔性腹膜炎ということで、緊急手術となりました。


4時間半に及ぶ手術の末、一命を取り留めた私は、ナースステーション横の観察室で目を覚ましました。


手術後1日目は、ここが峠ですと言われた長い長い1日となりました。


小腸拡張してから、CT検査をした後、拡張が短期的に成功したということで、


経過観察が始まりました。


拡張から3か月後、4か月後は、血液検査だけでした。


CPRがほぼ0だったのが、4か月後に0.2まで上昇していました。


誤差の範囲といえば、そうなんですが、今思えばこれが


死にそうな合併症と2か月に及ぶ入院生活の始まりだったのです。



内視鏡による小腸拡張後、2か月経ってから、拡張が成功しているかどうかを見るため、


CT検査を受けました。


CT検査はわずか5分で終わる負荷のない検査ですが、


造影剤を一気に入れる必要があることから、少々太い注射を打つため、痛いです。


また、一気にいれた造影剤の影響で体が熱くなります。


と、少々苦痛はありますが、検査の中では楽な部類です。


結果は、拡張されたままということで、良いものとなりました。


ただ、小腸壁がやや肥厚気味ということで、炎症について経過が気になることとなりました。


しかしCRPは正常値であるため、経過観察となりました。


この時は、これが後に死にそうになった合併症と


2か月に及ぶ入院生活の始まりとなったことは知る由もありませんでした。

入院後にインフルエンザにかかり、その診療の時に、薬を出してもらったため、


退院後2ヶ月経ってから、入院後初受診って感じになりました。


その時は、小腸拡張術が上手くいったという説明を、満面の笑みって感じの先生から受けました。


なかなか、難しい例だったので、自信満々な感じでした。


とりあえず、次回、拡張部が元に戻ってないかCT検査をすることになりました。



毎週見ている、いつか陽のあたる場所でというドラマが最終回を迎えました。


ホストにはまって昏睡強盗を犯した上戸彩演じる女性が主人公で、


罪を犯して刑務所に入って出所後の話です。


一度は、母親や周囲と縁が切れたのですが、最後には、主人公の努力の甲斐があって


ハッピーエンドになりましたよって感じでした。


俺は、刑務所に入ったことないんで、実感としてはもちろんわかりませんが、


クローン病による壁というものが少なからずあったりするんで、ちょっとは分かるような気がしました。


まぁ、自分にハンディがあっても、それを言い訳とせずにできるだけ頑張れば、努力に応じて報われると思います。

とはいっても、その努力が難しいのですが。。。


まぁ今後とも頑張っていこうと思います。


入院して狭窄部の拡張をした後、2週間後に、インフルエンザにかかりました。


12月中旬でインフルエンザの流行し始めだった頃のことです。


朝、39度を超える高熱が出たため、県庁での協議を係長にまかせて、書類だけ持っていき、


急遽、クローン病を診てくれている病院に行きました。


インフルエンザの検出は、早期であったためにされませんでしが、点滴とリレンザを処方されました。


予防接種を受けていたためか、早期に抗ウィルス薬を投与したためか、2日で熱は下がりました。


何事も早期発見、早期治療と改めて思いました。


やはり、クローン病の発見が遅れたことは悔やまれます。