高市発言を受けて一瞬、中国との間で緊張状態が発生。

真相は、多くの日本人がSNS他あらゆるメディアの映像を通じて、克明に映し出され

ているのを視聴して、どんなに立憲議員が言い訳しようと、真実を見抜かれています。

中国上層部にもいずれわかるだろう。

 

立憲民主党、岡田議員、大串議員たちのありえない執拗な追及、結果、足元をすくう

ようなことになりました。

 

立憲は成功したんですか?絶対にそうじゃないですね。

時間がたてば墓穴。

 

ほんと、高市総理だから、みんな心配してみてる。でも、岡田、大串、まだ他にも立

憲議員は頭にくるのがいますね。選挙どうなるんでしょう?

 

あの人たち少しは考えているんでしょうかね?反対分子もいるようですけど、「解散

総選挙」が年末から一月にかけて実施されると、ぼちぼち言われ始めました。

 

このタイミングで立憲から分離するのは迷うところでしょうね。

 

今日、youtubeかTiktokか忘れましたが、右翼(だろうと思うのですが)の投稿のバ

ックミュージックに気をとられました。

 

投稿なんですー-

 

 高市総理大臣 中国への発言

 

  メディア!そんなに煽って戦争でもおこしたいんか?

 

でした。

総理の言ったことは過去の総理の流れから言って、何も変わっていない。微妙な問題

ですから、忠実に勉強されていると思います。だから言葉も十分選んでいます。

 

むしろ、岡田、大串議員などが、全て、勝手にしゃべって進め、大阪総領事、中国外

務省へと繋がり。うまい具合にルートができていると感じます。

 

<街宣車も種類が多くどこの車が流しているのかわかりませんが、メロディに惹かれ

ました。投稿として流しているのだと思います。>

小さいころから軍歌の五つや六つは頭の中を流れています。しかし、この軍歌は過去

においては聞いたことがありません。女性が歌って!イメージが変わっています。調

べてみたら、「MOMO学園」という、歌手(機械かなあ?)が歌っています。

これもいいと思います。

 

   

                   <出征兵士を送る歌…MOMO園>

 

軍歌と言えば、僕は現在77歳、父親は徴兵され、甲種合格、中国満州に派兵されま

した。その後太平洋トラック島付近のポナペ島に2000名ほどの守備隊の一兵士とし

転戦。

終戦まで、通算ほぼ4年間を外地で過ごしたということになります。

 

敗戦で帰国、映画になった「幸福の駆逐艦と言われる『雪風』」で連れてかえって

もらったんだろうかなあ?

終戦までに残った駆逐艦は3隻だったとどっかで見ました。そのうちの一隻「雪風」

は戦後は直ちに復員船として、太平洋に守備隊として派遣されていた多くの生存兵

などを日本へ連れ帰るためピストン航海をしたそうです。

 

      ※林伊佐緒さんという方のがオリジナルでしょうか?アップしてみます。

   

 

軍歌は、父親にとってはお守りみたいなものでした。

中年以降、出張ばかりの通信建設会社で働き、ずっと、若い人の車に便乗して出張

先に行き来していました。

しかし、自由が利かないので、56歳で自ら運転免許を取る決断をし、教習試験六回

目でやっと合格、本試験(ペーパー)では、会場の前の予備校までいき、何度目か

でやっと合格。

そんな父が、新車、当時、ダイハツ「シャレード」今は、めずらしくなくなりまし

たが、1000cc、3気筒エンジンの車でした。

車買って、以来、一人で自由に毎週月曜日には軍歌の入ったテープを聞きながら、

朝三時に起きて、高知や徳島の出張先へ帰っていきました。

 

眠ってはいけません。軍歌で気合入れて走っていたのです。

 

日本の本当の経済発展の推進者は、戦争で生きて帰った世代じゃないかと僕は思って

います。

しかし、のちのポナペ島戦友会で、再会の上官に出た言葉は「少尉殿、(ほかの上官

に)何かにつけ、パンパンくらわされてくやしかったであります。」と。

 

もちろん、軍隊とは結局、こういうものなんでしょうね。今の自衛隊は異常が起きる

とすぐに問題として取り扱われるんじゃないかとは思いますが・・・戦前とは少しは

良くなっていることと思いたいです。