今日は、昔ほど世間で聞かれなくなった
芸事についてお話します。
僕は、あまり地域のことに関わることは
好きではありませんでした。でも、26歳の
時ですかね。
「まあちゃん、祭りの芝居、人が足りん
のよ。」
で、昔から伝統の、「田舎・青年芝居」
にかりだされました。
2年間貴重な体験をさせてもらい
ました。
歌舞伎や時代物の芝居のセリフ回し、
踊りの振付は元芸者さんだったという
おばあさん、田舎に芸者さんいたのかな?
「私は花柳流なんよ!」でした。
芝居は「番場(ばんば)の忠太郎」、
歌舞伎は「御所桜」ですね、今思い
出せるのは・・・・。
その幕間に踊ったのが、小畑実
さんの「小判鮫の唄」
女化粧、着物で踊りました。
男だけの部落青年団、華奢な僕は
女役なんですね。着物着て人前に
でるのは初めてのことでした。
芝居「番場の忠太郎」はおっかさん
役でした。
忠)「おっかさん!」
母)「お前さんなんか知らないよ、
お金もってとっととお帰り!」
・・・だったかな。
しかし、その芸が高じて、日舞の
先生につくことになりました。扇崎
流2年半。
その後縁あって、藤間流の先生に
つくことになりました。
そう3年近く・・・・、藤間の先生おっしゃ
いました。芸事は10年やってやっと
お稽古したことになります。」
女方から入ったたため、踊りとは
こんなもの・・・・と思っていましたが、
でも出会ったどちらの先生も、
床をトントンと力強く踏み込む
いわゆる男踊りを指導されました。F
ある時、最初の先生に、出て
みない?と
「長唄 雨の五郎」。でした。
下の写真は、初めての本格舞踊、
「雨の五郎」の一場面です。
当時の金で50万円ほどはかかって
います。
ある年、金婚式に踊ってくれと・・・・
わくわくしながら舞台(下の画像)に、
ところが、担当が操作間違って、レ
コード回転が35回転ですか、78
回転ですか、忘れましたが、速す
ぎたんです。
でも、最後まで踊り切りました。
文句は言いませんでした。
これは長唄「鶴亀」・・・縁起物の踊りです。
振り付けは、藤間流の先生でした。
もう遠い昔になりましたね。
お立ち寄りありがとうございました。
ついでに、もう一枚田舎いや、さらにその下の
部落歌舞伎ですね、別にブログランキングに
参加していませんので出しておきます。
どうしてもこの写真だけ正立してくれません。
児雷也の男「ああ、しこく、くこくは・・・」
だったですかね。
これも左の奥方か姫?かですね。
ホントに白塗りでした。






