――理性は、その主人(宿主)が穏やかで寛大になり、希望に満ち始めたのを知って、主人は恋をしていると見抜き、誰の功績かを考えた。脳が名乗りを上げ、「僕がフェニルエチルアミンの分泌を促したんだ。これは愛を促す媚薬さ。」すると両目が、「私たちです。私たちを通さなければ美しい女性を見ることはできません。」「自慢屋よ、もしお前らの功績なら、盲人は決して恋をしないはずだ」と両耳が言って、「僕らが甘い声を聞き分けるんだよ」と断言した。すると鼻がデンと控えて、「おれ様がいなけりゃ、どうにもならない」と低音で言ったので、他の部分が大声で笑った。すると両手が、「私たちが恋人に触ったのよ」と言い、両足が「おれ様たちが恋人の所に連れて行ったのさ」と言い張った。

 理性は辺りを見回して、「それで、あなたは何をしたの?」と聞くと、「ぼく?」 心はびっくりしてまっ赤になった。「ぼくは何もしていないよ。ただ混乱していたんだ」と小さな声で言った。理性はほほ笑んだ。―― 

 

 「言葉の色彩と魔法」という不思議な題の本があります。薄い本ですが、59の短い、きらきらする言葉に出会える素晴らしい物語が入っていて、しかも一話ずつ色彩豊かな著者の奥さんのイラストが伴っているのです。(上はその一話「それは心だった」の要約) 誰でも1つの物語を読めば1歩中に引き込まれ、2つ読むと2歩引き込まれ、どんどんと引き込まれてついに最後まで読むはめになり、誰しも抱きしめて愛読書にしたくなります。著者はシリアからドイツに逃れて40年になるラフィク・シャミさん。訳者は松永美穂さん。

 

 避暑地のバルコニーに出て、ロッキングチェアに掛けながら、終日繰り返して読みたい本です。夢の世界に誘われ、いつの間にか色彩豊かなマジカルな世界にさ迷い込んで遊べることを請け合います。私は春から、シャミのものを数冊、シュリンクのものを六冊、レンツやプレスラーのものなど、同じ訳者のもので楽しんでいます。心が一番励まされたのは、訳者を知らず最初に読んだ前首相メルケルさんの「わたしの信仰」でした。これはもう手もとから決して離しません。

 

 「人は見識のゆえに賞賛される。…真実を語る唇はいつまでも確かなもの。」(箴言12章)

 

     2024年8月2日