トランジションという取り組みがある。Transition と英語で綴るが、元は、2005年ごろにイギリス南部のトットレスという小さな町から始まった持続可能な新しい社会への移行Transition の試みである。

 

確かにこの青い惑星が次第に薄汚く汚れた星になり、CO2排出の増加によって気温が上昇し、東京でも今年は耐えがたいほどの沸騰するような夏を迎えた。日本は幸いまだ経験はないが、カナダ、ギリシャ、オーストラリア、スペイン、アメリカ……と、東京の面積を越える森林火災が発生した。また、巨大ハリケーン、大洪水、大旱魃など、各地で異常気象が頻発するようになった世界が、安心して生き、希望の持てる、新しい世界へと絶対に移行して行かねばならない。もしそうでなければ先進国も発展途上国も、人類も動植物も亡びるであろうとの危機感からの取り組みである。

 

ただTransition の取り組みは危機感を大声であおることが目的でなく、このような意識を持つ人らのネットワークづくりを数人のグループや小さな地域から初めて、顔の見えるていねいな暮らしを重ねて満喫しながら、大きなシステムを持つ大企業、マス・メディア、大型ビジネスと一味違った生産と購買生活をつくり出そうというもののようだ。

 

そういう町が、何と相模湖が横たわる旧津久井郡の藤野という町に日本の拠点があって、先日、エコ未来の仲間とバスで行って来たのである。町といったが、相模原市の行政がしているのでなく、藤野にあるNPO法人トランジション・藤野がしているのだ。また仲間と行ったと言ったが、まだまだマスクを外せない者らはその顔もよく分からず、名前もメルアドも性格もよく知らない、若い人もいるが、たいていが60歳を超えているのであろうか?まあ、赤の他人同様の20人弱の仲間たちである。

 

マイカーをすっかり捨て、環境にやさしい電動アシスト自転車の主夫の生活をしている私には、このイクスカ―ションは久しぶりの気分転換であった。やはり自然の中の生活はいい。神奈川県人の一大水ガメである相模湖を挟んで、山あり、谷あり、町ありの緑豊かな人口8000人程の藤野は、藤田嗣治以来の芸術家たちの町だというが、藤野の地区公民館に着いて相模湖にかかる大橋をバックに見る景色はたまらなく美しい。気持ちいい町だった。

 

トランジション・藤野の主な取り組みは、建築設計事務所を開く池辺潤一さんが中心に進める地域通貨であった。通貨というとお金を想像するが、ここの通貨はコインも紙幣もなく、大福帳を思わせる通帳で取引を記載し、この町と近隣の100人足らずの人たちが互いに教え合ったり、何かの作業を手伝ったり、親切と信頼を交換し合って互いに助け合い、生活を豊かに楽しむシステムといっていいだろうか。現金の受け取りは一切ない。要するに向う三軒両隣の顔見知りや未知の人たちが互いに物や助け合いや何かを融通し合っていた懐かしき古き時代の21世紀バージョンといった所だ。ただそれは21世紀バージョンであるから、藤野電力なる小型のソーラー・システムも推進している人もいて、以前に紹介したような、我が知人が玄関口の通路や自転車置き場の屋根に設置しているようなタイプのものを考案して、そのワークショップもしながら地域と全国に広めている。

 

日本全国のトランジションをけん引している小山宮佳江さんは、勇敢にも藤野に一人住まいの居を移し、池辺さんが設計した焼杉板の外壁を使ったしゃれたエコの小さな家に住み、ここから全国にトランジションの発信をしているようだ。二人とも村人からすればよそ者である。

 

興味のある方には、ぜひイギリスに世界のトランジションのハブがあるTransition Network | Transition Townsのサイトをお勧め。元々はEUからの離脱をするかどうかの大騒ぎのさなか、経済的困難を迎えていた21世紀に入ったイギリスで、医者にかかれない人たちや暮らしができにくくなっている人、教育から遠ざけられた人、福祉にあずかれない人などのために、公共サービスを市民たちが協力して補い合うところから始まったコミュニティの相互扶助のスピリットが牽引力になっている。ホスピスの最初もそうだったが、困難に直面して発明したイギリス人のホスピタリティがこれを生み出したと言ってよいだろう。

 

トランジションは今はイギリスだけでなく、面白い人らが、面白いことを、自分の身の丈でしている仲間たちが、あなたを待っている世界の広場かも知れません。

 

「受けるよりは与える方が幸いである」(Act.20)

 

          12月16日