今日、夕飯を食べてる時になんの前触れもなしに長男が
「ママー、産んでくれてありがとね」
と言った。
ビックリした。
ほんとにビックリしすぎてポカーンとなった。
ビックリしすぎて食べてたものをリバースしかけて慌ててなんとか飲み込んだ。
もう、ほんとになんの脈略も前置きも無く急に言うんやもん。
ちょっとそれ反則やん、ママ食べてるの無理矢理飲み込むより
ぐわーーーっっと泣きそうになったのを堪える事の方が難しかったよ。
「な、な、なんでそんな事急に言うん????」
「なんとなく言いたくなっただけ。これめっちゃ美味しいで」
それからはまた何事も無かったように次男とペチャクチャしゃべりながら
ご飯を食べていた。
子供という生き物はほんとーにある日突然突拍子も無い事を言い出すから驚く。
あたしなんて、自分の母親に産んでくれてありがとうなんて言う言葉も思いも
自分の中から湧き出てきたのは、つい最近になってようやくだった気がすると言うのに。
なんだかママになってまだ6年のペーペーの母が貰ってもイイんだろうか。
いや、もう純粋に嬉しくて照れくさくってたまらないんだけども
なんであの瞬間にあの子はそんな宝物の言葉をくれたんだろうと
それからずっと今の今まで不思議でしょうがない。
うちでは子供三人とも旦那が立会い出産をしていて、ビデオも回してもいい病院だったので
陣痛で苦しんでる他人にはとても見せられない鬼の形相で苦しんでるあたしの姿から
子供が血まみれで産まれ出る瞬間、パパとママがやっと会えたと泣いているぐしゃぐしゃの顔まで
移ったビデオが残っている。
それを子供が理解出来るであろう4,5歳ぐらいの時に長男と次男に見せている。
自分が経験した事ではあるけれど、やっぱり改めて一緒にそのビデオを見ると
感慨深いものがあって産まれてきてくれた喜びが蘇ってくる。
長男が5才になったばかりの時にそのビデオを一緒に見たときに
長男が生まれた瞬間に号泣しているパパとママを見て長男も号泣していてビックリしたことがある。
その時長男は
「なんで僕泣いてるんかわからんけど涙がいっぱい出てくるねん」
て言いながら泣いていたのを思い出した。
その涙を見てまたパパとママは泣いてしまった。
次男にビデオを見せた時は
「ママが泣いてるのは僕と会えたんが嬉しいからなん?だから泣いてるの?」
と心配そうに聞いてくるので
「そうやで、悲しくてないてるんとちゃうよ、やっと会えたーて嬉しくてないてるん」
と言ったらとっても嬉しそうな顔をして笑った。
こんな事を思い出していると、子供の成長に嬉しくもありとても感傷的になってしまっている
自分が居る事に気づいてイカンイカンと思ってしまう。
娘が5才になるまであと四年。
娘が生まれた時のビデオを見てまたみんなでアホみたいに号泣したい。
ほんの一年前はそれは当たり前にくる四年後だと思っていた。
でも今は絶対に迎えたい四年後だと思っている。
これから子供達には悔しい事、悲しいこと、不条理な事、苦しいこと、どうにもならない事が
ごまんと待っていて、その都度彼ら彼女らは苦しむんだろう。
でもそれでも、日常のふとした瞬間に生まれてきて良かったと思える事がたくさんあればいいな。
産んでくれてありがとう
それはもうほんとにどんなプレゼントよりもビッグでささやかであったかくてお金で買えないものだけど
まだまだ先でいいよ。
ずっとずっと先の未来のママにまた言って。
それまでママ絶対がんばるから。

