息子のためでは無く、私のためだったのでは…という記事について

私もそうだったと思っています。
娘は幼稚園の頃から、何でもそつなくこなす子どもでした。

教育に力を入れている幼稚園で、習っていた習字やお絵かきが入選したことで、私は「この子はやれば出来る子なのでは」と思うようになりました。


小学生の頃には県の大きな書道大会で入賞したり、ピアノコンクールも地方大会までくらいなら毎年進めたし、四年生までにはそろばんも暗算、見取り算共に三段に合格し、通っていた学習教室でも全学年通して百点満点最多賞も取り、ただの勉強には物足りなさを「私」が感じていました。

それで五年生から中学受験塾に入れ、トップ校ではなかったものの、周りからは「すごいね」と言われる私立中学に通うことになりました。


しかし、中学高校時代は周りに流されて、部活に振り回され深海魚。模試は全てE判定。本当にどこにも行けない状況でした。


私は、こんないい学校を出たのに、これ以下の大学に行くことは許さないと娘を脅しました。


高3の頃は、家で言い争いが絶えませんでした…

娘にも私にもとても辛い一年でした。


勉強をろくにしてこなかったので、県外受験も浪人も許さないという条件で大学受験塾に入ることを許し、結局県内のトップではなく、私立2番手大学に進学することにしました。


娘の高校からは第一志望に選ぶ人はいない大学です。

他にも娘の高校からその大学に入学した生徒はいますが、皆失意の入学組です。

大学入試がこのような結果に終わった時に、私はようやく認めざるを得なかったのです。


娘はやれば出来る子ではなかった。
普通の子だった。
上を目指しても、たどり着けなかったのは、それが娘の実力だったから。

「すごいね」と言われたかったのは私だった。

娘は私より頑張り屋で、
母の言う事をろくに聞かなかった私より、
何倍も私の夢を叶えてくれた。

はっきりと分かった今は、
とても気が楽になりました。


娘は2番手大学でも、友だちもたくさん出来、楽しそうに通っています。

ええ、それで十分だと思えるようになりました。


見栄を張り合っていた(ように見えた)ママ友たちとも縁が切れ、心の平安が取り戻せました。


大学生になっても自分のやりたい事ではなく、就活のためにと、点数稼ぎのようなサークル活動やアルバイトをする子もいます。


が、今娘は、本当にやりたい事をし、楽しいことをしているようです。娘が楽しんで生活している姿は、見ていて嬉しいものです。


親の思い通りには育たない、そう悟れば、母も楽になれると思います。




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