「あー、寒いっ。」
朝、イチローが言った。
リビングの窓は開いていた。
・・・今日そんなに寒いか？
お弁当作りやら朝食の支度やら、
ネコズのご飯やらと、
バタバタとしていたからか
少しも寒いと感じずにいたのだが。
見るとイチローは半袖のTシャツをぺらっと
パジャマ代わりに着ているようだ。
だいたいそのスタイルが季節外れなのではないかと
思うけど。
彼はリビングをただ通り抜けて洗面所へと消えた。
イチローは男のくせに、手足の冷たい奴で、
平熱も低めだ。
あんまりいいことじゃないらしいが、小さいころからそうなのだ。
かと言って、体が弱いわけでは無く
「○○は風邪をひかない」 を証明するような奴である。
中学以降、風邪で休んだ経験 ０
（新型インフルエンザを除く）
二浪の後半、ちょっと風邪っぽい症状があらわれて
「やーん。イチローくん。やっと バカ治った？」
と喜んだものだった。
それはイケメン先生から
（二浪後半当時のメール
）
「数学について、だいぶ力をつけてきたようです。
テキストの効果がでており、過去問演習でW大のを行ったのですが、
5割強となかなかのパフォーマンスです。
数学がどこまで伸びるか、私も頑張りどころです。
確率の進捗は順調です。」
という報告をもらってすぐだったからだ。
「数学が出来るようになったから～風邪ひいちゃったのね！」
と、喜んだりしたものである。
（風邪気味程度で、熱が出るところまでは行かず、
塾は休みませんでしたけどね。
喉が痛い、とか言ってました。確か。）
そんなことを思い出しながら
私はパパるを送り出し、イチローの朝食を作りに
取りかかっていたら、
「あー、寒いっ」
と言ってイチローはまたリビングを通り抜ける。
「窓、開いてるわよ。」
顔はフライパンに向けたまま、私はそう言った。
寒かったらそこの窓を閉めて
そう言ったつもりだった。
イチローは聞こえているのかいないのか
なにもしないで自室へと消えた。
寒いと言いつつなんで窓を閉めない？
通り道だし、片手で済むだろうが。
私は仕方なくコンロの前を離れて、窓を閉めに行く。
私はイチローの朝食に
定番の卵料理の他に
お弁当用に作った 唐揚げや お浸し
ショートパスタのアラビアータも並べた。
ご飯とお肉をしっかり食べたら、
体の中で熱が作られて、暖かくなると思ったからだ。
朝から揚げ物なんて、喉を通らない子も
いるかもしれないけど、
イチローはその辺平気だった。
ホームベーカリーのご機嫌が悪かったのか、
パンを失敗したので、
なにコレ。
半分の高さしかない
機械の機嫌じゃなくてお母さんの使い方が悪かったんでしょ？
パンは諦めて、炊き立てのご飯をよそってやった。
それをぺろりと平らげて
着替えて出発。
リビングを通るとき、彼を見たら
半袖を着ている。
「寒いんじゃなかったの？」
私は慌てて声をかけた。
まだ寝ぼけているのかただリビングを通過しようとしている彼に
「ね、半袖でいいの？」
と念を押す。
イチローは私の方をみて
「なんで？」
と聞いた。
なんでって・・・
「いや、だって、寒いって言ってたから。
外は部屋よりもっと寒いかなぁと。
なのに半袖でいいのかなぁと。」
イチローはカバンをそらよっと肩に担ぎながらこう言った。
「だってオレ、長そでなんか持ってないもん。」
あーんーだーとー？？？
長そで持ってないだと？
あるか？ そんなことが。
「じゃあ、アナタは、冬も春も
今着ている半袖のみでお過ごしになった、
そうおっしゃるわけですか？」
イチローはだって無いもんは無いんだよ
という感じで
「ないない。持ってない。」
と、きょとんとした顔で言うのだった。
そんな馬鹿な。
「大学へ行くようになってから、
新しいのも何枚も買いましたけどね？」
「・・・え？どんな？」
・・・記憶喪失か
人間ってめんどうね。私は年中白毛皮のみでOKよ。
翌朝も同じくらいの気温だった。
昨日と同じようなスタイルで寝ていた彼は
リビングに来ると
「寒い」
と言った。
そして私は
「窓 開いてるわよ。」
と言った。
そして
やっぱり
長そでは持ってない、 と言うのだった・・・。
自分で長そで持ってたと思い出すまでほっとくそうです
長そでって何？
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marimcream