彼からの思いがけない告白を聞いてしまった私は、



「お酒いっぱい飲んでたし、酔いに任せてノリで言ってしまったんだろう。」



と軽く考え始めていました。
現実から逃げるように。



共通の同級生数人にも相談しました。



同級生「〇〇は〇〇のこと意中の相手なんやね。腹割って話し。あっちが折れんのやったら、自分から言わなやろ。なんも始まらんやろ。勝ち負けやない!」



など言われましたが、その頃の私もプライドが高かったので、折れたり素直になるのは無理でした。



その頃から、彼にメールや電話をしても、断られたり一切出てくれなくなりました。



不思議ですよね。



私が彼への愛する気持ちを忘れた頃に再会して、再開後彼への愛する気持ちが強くなった時、離れ離れになり、一切連絡が取れなくなります。



完全にパターン化してます。



やっと再会できて、また仲良しになったかと思ったら、急にまた離れ離れになるんです。



ほんと、毎回、とっても不思議でした。



彼は今まで出逢ってきた男性とは、1人だけ全く未知なる生物なので、どう接すれば良いか全く分かりませんでした。



その後、彼と連絡が一切取れなくなった頃から、試練か?課題か?ってくらい、一気に嵐のような忙しい日々が襲ってきました。



○仕事(独立し事業の立ち上げ)
○幼稚園の役員
○育児・子育て
○家事
○肺がんを告知された母のキーパーソン(母から抜擢されました)



怒涛な日々です。



朝6時に起きて幼稚園の準備をし見送り、家事や自分と仕事の準備を大急ぎで済ませ、午前中と午後15時まで、入院をしている母の元へ。



16時までに40分かけて仕事場へ。離婚したことを知らない私の父が幼稚園から子どもたちを預かり、実家で子守。



21時頃実家に到着。
子どもたちを引き取り自宅へ。



ご飯・お風呂・就寝。
その後、明日の準備。
役員会のチェック。



就寝3時。
朝6時起床。



これにプラスして、役員さんがする幼稚園の行事のお手伝いがありました。



この時の私は、自分がワープしているみたいで、身体も心もついていかず、ボロボロでした。



就寝する時は、「眠る」ではなく「気絶」していました。



仕事も自社を含め3つに所属。
色んな方々のご協力を頂きながら、1から独立し仕事をこなしていました。



基本1人で仕事をしますが、スタッフさん方もいらっしゃるので助かっています。


感謝です。



基本私は組織や集団行動が苦手なので、1人の方が力を発揮しやすいんです。



それに相談することが苦手で、相談を受けることがほぼです。



こちらも「ライトワーカー」編で語らせて頂きます。



この生活が2週間程続いたところへ吉報が入りました。



母の退院日の話がいきなり来たのです。



母の手術が無事に終わり、数日後退院できることを知った日の私は、全ての疲労とストレスが一気に溢れ出してしまい、些細な育児のストレスのきっかけで、人生最大級にブチキレてしまいました。



スシローで。


通報されてもおかしくはない。
周りの強面おいさん達も、私を見て見ぬふりでした。



おかげで子どもたちに強烈なトラウマを作ってしまい、スシローさんは2度と行けなくなりました。



ごめんなさい。
もう限界突破してました。
キャパオーバーでした。
くら寿司さん、ありがとう。
スシローさん、1人でこっそり行きます。



それから母は退院し自宅へ。
術後経過期間もありますし、役員も1年間だったので、1年間はこのような生活をしていました。



次回の再会までの試練はまだまだ続きます。




ツインレイ - 試練の日々2 -に続きます。