衝撃告白からの2年目は、上の子が小学生になり、下の子の幼稚園の役員も終わり、仕事・育児・子育て・家事の日々でした。
性格的に責任感が強く、真面目すぎるところがあるので、どれだけ心身共に疲れていても、無視して爆走していました。
なんでこんなに頑張っていたのだろう?と思い返してみると、
サイレント期間に入る前、いくつか彼に聞いてみたことがありました。
「もし今後結婚するとしたら条件はある?」
と。
すると…
その1
俺が稼いで相手が専業主婦だったら、金は俺が管理する。自由に使わせない。ランチにも行かせない。
その2
共働きだったら全て平等。対等。自由に使えるお金も増えるし、家事もする。
その3
奥さんが稼ぐんだったら、自分はパートする(医学のパート)。家のことする。
など。
彼は基本ドSです。
1が特にヤバい。
てか、花より男子の道明寺か?
3は考えられん。
2じゃないと無理だ。
そして彼はこんなことも言っていました。
「人は20歳過ぎたら性格も人間性も変わらない。変わるはずがない。」
私は心の中で
「人は変われるよ。色んな経験をしながら成長し変われるんだよ?あんたは何で頑なに成長から逃げてるの?」
と。
再会する度に毎度、
私「え!?まだ成長してない…。天狗になって傲慢になってる…。神様?この人にちゃんと試練を与えてくださっていますか?なんの成長もしてませんけど…」
と。
興奮して脱線してしまいました。
すみません。
つまり私は、彼とは平等で対等な関係で共依存しない関係になりたいと思ったので、とにかく完全自立を頑張りました。
でも2年目の夏に、持病の椎間板ヘルニアを重症化させ、1ヶ月程右足の麻痺・疼痛に苦しみ、床を這いつくばりまともに歩けなくなりました。
でもこの出来事が、次の再会のサインだったのです。
久しぶりの腰痛で嫌な予感がしたので、中学の時の同じ部活の同級生を思い出し、その子のお父さんが整体師だったので、おいちゃんの整骨院へ電話しました。
がしかし、タイミングが良いのか悪いのか、電話したその日から、おいちゃんは町長選に出るために整骨院を閉めました。
その代わりおいちゃんの知り合いの整骨院を紹介されました。
腰と足を引きずり整骨院へ行きました。
何週間か通い始めた時、治療中に中学の時の同級生(男性)と遭遇しました。
整体師「あれ⁉︎2人とも同級生なんやない⁇」
私「あ…!そうかもです…。」
その同級生とは、あまり面識がなかったので、軽く会釈するだけでした。
でも整体師さんたちとその同級生の会話を聞いていると、中華料理屋をオープンさせたそれまた中学の同級生の店で働いていると、同級生話しで盛り上がっていました。
私は激痛でそれどころじゃなかったのですが、
整体師「俺も食べに行ったことあるよ!美味しいよ?行ってみれば?ほら、パンフレット!」
とパンフを渡されました。
それから私も、中学の時の仲良しの同級生たちにこの情報を伝えて、行ってみるかどうか様子を見ていました。
その後しばらく通っていた整骨院も、私の病状には効果がなく、救急でペインクリニックに担ぎ込まれ、椎間板3つ壊滅・手術一歩手前。ブロック注射・牽引・薬と辛い治療が始まり、追加であまりの痛さに絶望し脊損センターへ通院となり、死にかけていました。
半年以上かけてやっと普通に生活ができるようになってきた時、中学の時からの大親友(女性)から、
「元気ー⁉︎久しぶり飲み行こー!会いたいー!」
と連絡が来ました。
彼女からの連絡がきっかけとなり、再会向けて加速して行きます。
ツインレイ -試練の日々 3-に続きます。
性格的に責任感が強く、真面目すぎるところがあるので、どれだけ心身共に疲れていても、無視して爆走していました。
なんでこんなに頑張っていたのだろう?と思い返してみると、
サイレント期間に入る前、いくつか彼に聞いてみたことがありました。
「もし今後結婚するとしたら条件はある?」
と。
すると…
その1
俺が稼いで相手が専業主婦だったら、金は俺が管理する。自由に使わせない。ランチにも行かせない。
その2
共働きだったら全て平等。対等。自由に使えるお金も増えるし、家事もする。
その3
奥さんが稼ぐんだったら、自分はパートする(医学のパート)。家のことする。
など。
彼は基本ドSです。
1が特にヤバい。
てか、花より男子の道明寺か?
3は考えられん。
2じゃないと無理だ。
そして彼はこんなことも言っていました。
「人は20歳過ぎたら性格も人間性も変わらない。変わるはずがない。」
私は心の中で
「人は変われるよ。色んな経験をしながら成長し変われるんだよ?あんたは何で頑なに成長から逃げてるの?」
と。
再会する度に毎度、
私「え!?まだ成長してない…。天狗になって傲慢になってる…。神様?この人にちゃんと試練を与えてくださっていますか?なんの成長もしてませんけど…」
と。
興奮して脱線してしまいました。
すみません。
つまり私は、彼とは平等で対等な関係で共依存しない関係になりたいと思ったので、とにかく完全自立を頑張りました。
でも2年目の夏に、持病の椎間板ヘルニアを重症化させ、1ヶ月程右足の麻痺・疼痛に苦しみ、床を這いつくばりまともに歩けなくなりました。
でもこの出来事が、次の再会のサインだったのです。
久しぶりの腰痛で嫌な予感がしたので、中学の時の同じ部活の同級生を思い出し、その子のお父さんが整体師だったので、おいちゃんの整骨院へ電話しました。
がしかし、タイミングが良いのか悪いのか、電話したその日から、おいちゃんは町長選に出るために整骨院を閉めました。
その代わりおいちゃんの知り合いの整骨院を紹介されました。
腰と足を引きずり整骨院へ行きました。
何週間か通い始めた時、治療中に中学の時の同級生(男性)と遭遇しました。
整体師「あれ⁉︎2人とも同級生なんやない⁇」
私「あ…!そうかもです…。」
その同級生とは、あまり面識がなかったので、軽く会釈するだけでした。
でも整体師さんたちとその同級生の会話を聞いていると、中華料理屋をオープンさせたそれまた中学の同級生の店で働いていると、同級生話しで盛り上がっていました。
私は激痛でそれどころじゃなかったのですが、
整体師「俺も食べに行ったことあるよ!美味しいよ?行ってみれば?ほら、パンフレット!」
とパンフを渡されました。
それから私も、中学の時の仲良しの同級生たちにこの情報を伝えて、行ってみるかどうか様子を見ていました。
その後しばらく通っていた整骨院も、私の病状には効果がなく、救急でペインクリニックに担ぎ込まれ、椎間板3つ壊滅・手術一歩手前。ブロック注射・牽引・薬と辛い治療が始まり、追加であまりの痛さに絶望し脊損センターへ通院となり、死にかけていました。
半年以上かけてやっと普通に生活ができるようになってきた時、中学の時からの大親友(女性)から、
「元気ー⁉︎久しぶり飲み行こー!会いたいー!」
と連絡が来ました。
彼女からの連絡がきっかけとなり、再会向けて加速して行きます。
ツインレイ -試練の日々 3-に続きます。
