災害と人災
コロナが人為的な物かは世界情勢で判断するとして、必要な医療が受けられない。
自宅療養という言葉はまやかしで自宅放棄だろう。
救急車を呼んでも受け入れがない現状は災害とも言えるかもしれない。
しかし、この状況を生み出しているのは政治家、政権によることは非常に大きいと断罪したい。
響かない会見の首相、国民に求めていることと自分たちがやっていることの違い、先手先手と口ではいうが全てにおいて後手後手な対応。緊張感も危機感も感じられない政権政治家たち。
こんなことは昨年から予見できたことであって、諸外国の状況など見聞きしていれば十分の対策は講じられたはずだ。
自宅放棄で亡くなる状況になりやっと、酸素ステーションなど首相が言うが、アホじゃないかと思う。
発案者の神奈川専門家からすらも批判される始末である。
これは首相をはじめとした政権政治家の人災だ。
特に組織の長として首相の責任は重大だ。
速やかな対応対策は無理だろう。
街では変わらずこれだけの状況にも関わらず楽観バイアスで都合良い理屈で県を跨いで遊びに行ったり、パラでは多くの子供達を観戦させるとか、パラレルワールドなのかこれ。
少なくとも県を跨いで不要不急の外出はするなと言われている中で、遊びや趣味でいまこの状況で動くことは他者の命を失わせていると言うことになると言うことを考えねばならんだろう。
こう言った者は感染して苦しくなっても医療は受けられないということにするしかないのかもしれない。
コロナ自体は災害的だが、政治家たちの対策対応、自分たちは気にしない、大丈夫だ、都合良い理屈で動く人間たちの人災だ。