おはようございます。


神仏応援団リュウです。


前回の記事にコメントを頂き、モチベーションになり、つづきを書くことにしました。

ありがとうございます。


つづき。


前回は、チャネリングで前世が知れて、魂が今世で何を経験しに来たのかのヒントがわかると書きました。というか どんな経験をしにきたのか、そのまんまわかるのですが。


ここでは 「ヒント」としておきます。


これから話す前世は、今から約9年前に知りました。


この内容は、何年か前にも書いたことがありますが、それを踏まえつつお話していきます。


私は小さい頃から、「戦争」に関連することに縁が深かったと思います。


まずは、祖父

小さい頃、祖父の家に遊びに行くと、必ずと言っていいほど、軍歌を祖父が聞いていた。


その影響でか、私も軍歌を歌ったりしていました。

おじいちゃんに「歌う時は、腕を振りながら歌うんだよ」と教えられたり。


小学生低学年の頃の私のお気に入りだった軍歌は、


『加藤隼戦闘隊』


でした。



ちなみにこの曲



そして、中学生では、ミリタリーグッズが好きだったり。



その後も、映画で、戦争の特攻のシーンを見ると、なんとも言えない感情になり、何かわからないものが、胸に込み上げてきていました。



そして、次の瞬間、今世での父親からの言葉がすぐさま頭をよぎります。


『男は泣くな!』



この時、胸に込み上げてきている感情を、ぐっと胸の奥に無理矢理押し戻していました。



魂の経験として重要な、


「感情を味わう」


という視点で見れば、物凄く不健康な状態を繰り返していました。



そして、長い間、不健康な状態が続いていたのです。



ですが、今回の前世を知るまでは、このことについて深く考えることはありませんでした。それは、「この感覚はみんなあるんだろうな」と思っていたからです。



ところが、他の人に聞いてみると、私の感覚は皆と同じではないことに気づきました。



普段の生活の中で、このような感覚について人と話す機会がなく、40代になってはじめて気がつきました。



そんなある日、私は1人の男性と出会います。

その人と会った瞬間に何か妙に気になる、そしてどこか懐かしい感覚がありました。



その後、その男性と一緒に飲む事になり、そこで 何故か特攻隊が飛び立った地の知覧の話になりました。



その男性も私と同じ感覚であることがわかりました。その瞬間、私の特攻の記憶が蘇りました。







私の中に残っている映像では



遠くに戦艦が見えていて、右前方に戦友の機も一機だけ見えています。


敵からの砲火が物凄く、それは まるで 吹雪の中の雪に1つも当たらずに進んでいかないといけないのと同じ。




普通に考えれば、不可能です。


ですが、行くしかありません。


そんな中、


私の先に見えている戦友機は、私をかばい、海に沈んでいきました。



この瞬間、私は思いきり叫びました。



『うぉおおおおおおおおーーーーっ!!!!』



この砲火では、私をかばった所で、私もすぐに堕ちてしまうのに、命を張って私をかばったのです。



たった一瞬でも私に望みをかけたのだと思います。



その後、間も無く、私も敵艦目掛けて突っ込みますが、吹雪のような砲火により、敵艦に到底届かないところで散りました。



私の中に残る映像はここまでです。




そして、目の前にいる その男性こそ、私をかばって散った戦友であることも、わかりました。



奇跡の再会です。


しかし、目の前にいる現世の戦友は特攻の記憶が蘇っているわけではありません。それまでの私と同じ感覚のままでしたので、「いつか知覧に行きたいですね」と 話したくらいでとどまりました。



この戦友を今世では応援したいと強く感じました。



そして、月日は流れ、私も知覧へ行く事になりました。



それが、2022年12月15日 です。



私は今日まで、スピリチュアルな動きも多くしており、この日も 朝から 鹿児島の一宮 



枚聞神社(ひらききじんじゃ)を訪れ、その後、米軍の慰霊碑に訪れ鎮魂をして、その後、



知覧特攻平和会館に行きました。



中には戦友たちの写真があり、当時の様子を見ることができます。



私は、知覧に訪れたら、魂の奥にあるものが溢れ出て、号泣して立てなくなるのではないかと思っていました。



その話を現在の仲間にも伝えていたので、ツアーの行程中でしたが、この時は、私に沢山の時間をくれました。



話は前後しますが、



鹿児島の地に入り、この土地はとても温かいと感じていました。それは、桜島もあり、火山のエネルギーで温かいのかもしれません。



そして、朝一に訪れた 開聞岳は 別名 薩摩富士と言われ、特攻隊が最後に見た富士でした。



私は、はじめて訪れる場所なので、感覚だけで見ていました。




この山、好きだ。


車で特攻平和会館に向かう途中に、胸の奥から突き上げてくるような感覚もありました。



そして、特攻平和記念会館を訪れてみて、

当時の私と現在の私がみた知覧での

私から出てきたメッセージをそのまま、ここに記しておこうと思います。




知覧という場所に来れたこと、


薩摩富士を見れたこと、


今日まで沢山の人たちに祈られてきたこと、


懐かしい土地の感覚を時代を越えて、感じることができたこと、


すべてに感謝だった。


私は、幸せだった。


戦友がいてくれたこと。

私を思う家族がいてくれたこと。

死んでからも 祈ってくれた人たちがいたこと。


開けっぱなしで 出てきた玄関の扉をやっと閉めることができた。


お母さん、ありがとう。


私は幸せでした。



そして、私は静かに鎮まっていった。


霧が晴れるように。


静かに。




いわゆる、カルマの解消です。



そして、この後、私はどうなったと思いますか?



小さい頃から、魂の中に刻まれた情報が、あちらこちらで顔を出していたほどの前世。



そして、チャネラーとしての経験で言わせて頂くと、1つの人生が終わって、次に転生してくるには、この世の時間で、最低100年くらいは間があくのが一般的なのです。



ですが、終戦は、


1945年8月15日。



私が今世、生まれたのは


1974年8月12日。




その間、たった


29年なのです。


実はこの短期間で転生してくるのにも意味があります。



それは。。。




おっと、また長くなってしまいました。


つづきは、また 気持ちが乗ったときに書きたいと思います。


読んでくれている方、ありがとう。




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