かつて江東区は、深川区と城東区に別れていました。
私の家はこの深川区にあり、そこには、粋を貫き、残り香すらも残さずに消えていってしました。
『芸は売っても操は売らない深川芸者』
がいて、子供の頃はチラホラと着物姿のお姉さんをよく見かけたものです。
しかしそれよりももっと昔、深川区には『遊廓』があったということをつい先日知りました。
花街『洲崎パラダイス』は、元々は根津が本家でしたが、東大が出来た事で風紀上ふさわしくないと、わざわざ深川の先(現在の東陽町)を埋立して作った遊廓です。
戦前大変人気のあった『洲崎遊廓』が東京大空襲で焼け野原になり、その跡地に出来たのが『洲崎パラダイス』で、ここへの出入り口は須崎橋ただひとつしかなかったそうです。
『洲崎パラダイス』のなごりのある建物では、今も八百屋さんなどが入り賑わっています。
私の知らない地元を見ておきたくて今日はわざわざ寄り道をしてみました。
ここが新築だった事を想像するだけで、ドキドキします。
アールデコ調の丸い窓や、青いタイルで出来た柱など、初めて見る建物でしたが、昭和の花街の風が吹いているのを感じました。
ここには確かに遊廓があり、ここでたくさんの遊女たちが木場の旦那さんらを待っていたんでしょうね…。

