猛暑にしても豪雨にしても、尋常じゃない状態が続発しますね。
頼むから収まってくれ、と願わずにはいられません。
聖書の中に、イエスが嵐を鎮めた奇跡の話が載っています。
ものみの塔の組織は、それを根拠として
楽園では適度な気候になる
と教えていますね。
神のみ子イエス・キリストは,必要な変化をもたらす力を与えられており,地球を快適な場所にすることができます。
2,000年前,イエスは地上で,自然の力を制御する能力を小規模ながら実証しました。弟子たちと一緒にガリラヤ湖で舟に乗っていた時,「猛烈な風あらしが起こり,波が幾度も舟の中に打ちつけて,舟はほとんど水浸しに」なりました。
弟子たちは混乱に陥り,命を失うのを恐れて,イエスにすがります。イエスはどうしたでしょうか。
ただ「風を叱りつけ,『静まれ! 静かになれ!』と海に言われ」ました。
「すると風は和らいで大なぎになった」のです。弟子たちは驚嘆し,「風や海さえ従うとは,これはいったいどういう方なのだろう」と言いました。
(ものみの塔2011年12月1日号)
この話について、教会の牧師さんは
「弟子たちは奇跡を見て驚きましたけれども、むしろ、嵐のさなかでも、静かに眠っておられるイエスの態度を見て驚くべきではなかったでしょうか」
と述べました。
何があろうと動じない態度。
おもしろい見方だし、適用としては、このほうがずっと実益的ですね。
今日は、うちから1時間ほどのところにある水源に水を汲みに行ったのですが、伝道中のJWさんたちを見ました。
山間の集落で4人組。そこから少し下って、市街地の近くまで来たところで2人組。
出だしの言葉は、気候ネタもあるんだろうなぁ。
最初の楽園では、快適な気候だったわけですね。
でも、気候が徐々におかしくなってきたのは、なぜですか?
ものみの塔は、自然災害の多くは人間の活動に原因がある、との意見を好んで取り上げるが、
災害は、自然破壊が取りざたされる以前の大昔からある。
罪を犯した人類に不完全さがもたらされたのみならず、神は自然を統御することも止めたのか?
だとすれば、人類に対する過剰な制裁と言わざるを得ず、神の責任は重大ではないか?
・・・こんなことを、伝道に来たJWに質問してみたら、何て答えるんでしょうね。
まあ、アホらしいし、暑苦しいから、こんなこと考えるのはやめときましょう。
書いておいて、何ですが。