腰の手術をした親父が先週、退院しました。
手術前は100mも歩くと痛くてしかたなかったのが、病院の周囲200m程度を試しに歩いてみても、痛みを感じなくなったそうです。
朝起きたときの痛みも、ほとんどなくなった、とも言ってました。
もっとも、手術後は6ヶ月ほど、いろいろと行動の制約があります。
車の運転が禁止なのをはじめ、30分以上座りっぱなしはダメとか、あぐらをかいてはダメ、座る姿勢も云々。
車の運転が禁止というのは、手術後に麻痺が残るからではないだろうか
と親父は予想していましたが、どうもそうではなく
車の運転にかかわるいろんな動作も回復を遅らせる要因になるようです。
詳しいことはよく分かりません。
ともかく、痛みがかなり軽減したのは何より。
買い物などの援助がどの程度必要なのかは、しばらく生活してみないと分からないです。
退院後の生活のことを話していて、親父はこんなことも言いました。
「・・・あとは、退院した後の集会なんだけど」
「みんなが、迎えに来ます!って言うもんだから・・・イヤなんだけどな」
と言って苦笑い。
え! イヤなの!?
と驚きはしません。
集会に行きたくないわけではなく、わざわざ迎えに来てもらうのがイヤ、ということでしょう。
「無理して行くことないだろ。どうせ、ずっと座ってはいられないんだし」
「そうなんだよな。どうするかな」
迎えにきてもらって、集会の所要時間は1時間半以上あるから2回は席を外して、腰を伸ばしに行ったりして、集会が終わったら送ってもらう。
そこまでして行くかね?
長老たちも、それでもいいから来い、とは言わないだろう。
いや、言うよね。ぜったい言うよね。
まあしかし、仲のいい爺様たちもいることだし、独りで引きこもっているよりは、集会に行って、プログラムはともかく、おしゃべりしてるほうがいいかもしれん。
ということで、好きにしてくだされ。
ちなみに
「知らなかっただろうけど、うちも集会には行ってない。いろいろ思うところあってね。こちらから見限ったぞ」
と告げたら
「行けばいいのに」
とだけ返してきました。
おれのような未来ある中年wに、そんな勧めは無用無益無意味。
ああいうのは、老人のコミュニティーとしての役割で十分。
今後、JWに戻れなどと一言でも口にしたら、世話は一切しないからな。
とは言いませんでしたけど、親父がJWになってしまって、何だか面倒ですね。
親父は逆に、わたしたちが集会に行ってないとは面倒なことになった、と思ってるでしょうけど。