実家の区域の王国会館は先月をもって閉鎖になり、2つの会衆は別々の王国会館に通い始めました。
親父に
「集会がちょっと遠くなったな。もう行ったんか?」
と聞いたら
「金曜は15分で着いたけど、日曜は30分かかった」
と言ってました。
金曜も混むと思ったけど、車の流れが逆か。
それから
「会場が広くて余裕がある。80人くらい座っても後ろのほうはだいぶ空いてる」
とも言っていました。
そうですか。今までは狭かったからな。
新しい会場で新鮮でしょうな。
元の王国会館の維持ができなくなった要因は、土地の賃借料の負担が大きく、そこへ寄付の減少も重なった、ということのようです。
土地を貸してたのもJW。70代の長老さん。
どういう契約だったのか知りませんが、生活資金の計画が狂ったでしょうね。
成員数はわたしがいた頃よりは減少してますが、大幅減というほどではない。
しかし、全体的な高齢化に加え、30~40代は開拓者が多いし、その下の若い世代は排斥連発。
寄付の減少は当然の成り行きです。
運営費がどうしてもまかなえないので
「世界的な業のための寄付」の一部を、会衆の運営費に充てる
ということも一時期、行なっていたそうです。
その手があったか。
でも、統治体の連中に怒られるぞw
まあ、今回の措置で会衆も延命するのでしょう。残念ですが。
ついでにもう一つ、閉鎖ネタ。
12年くらい前だったか、佐賀県の多久市というところに出張で訪れました。
ついこの前、その付近の地図を見ながら、ここいらに王国会館はあるのかと「多久会衆」で検索してみたところ
王国会館が閉鎖になっただけでなく、JWの公式サイトで見ると多久会衆そのものが今は存在していないので、隣の小城会衆あたりと統合したのでしょう。
人口が少ないとは言え、「市」から会衆が消えたわけですね。
稼働率という観点で見れば、一つの王国会館を複数の会衆で使うよう措置したほうが、ムダが少ないのは当たり前。
それは本来「合理化」と表現すべきところですが、塔組織は
「JWは繁栄しているから、資金の均等を図ってるんだよ~」
というふうな、意味不明なアピールをする。
笑われたいのか? 笑えないけど。
北海道と群馬の大会ホールの閉鎖が決定したとき
「この取り決めにより、宣べ伝える業は一層促進されるに違いありません」
だったか、読まれた手紙のなかにそんな表現があったのには、あまりのアホぶりに目が点になりました。
まったく見苦しいよね。
取り繕うほどに衰退ぶりが露わになり、哀愁すら漂ってくる。
哀愁と言っても、哀れむ気持ちが湧くわけじゃない。
とっとと消えろ!
もう、それしかないです。
