先日、仕事関連の、ある研修会に参加してきました。
午前中は1時間の講義が2コマ。
いや~。
計2時間の講義でも、なかなかくたびれました。
JWの集会に行かなくなってから、忍耐力が低下したのかもしれませんw
大会だと、何時間も座っているのが3日間もあるんですから、やっぱりたいへんですよね。
まあ、プログラムは細切れだし、映像も多用するから、昔よりは楽なのかな。
もちろん、内容はどうしようもなく低品質ですが。
研修の午後の部は、演習が中心で2時間半ほど。
1グループ4名で編成し、あるテーマについての問題点や目標、対応策などを話し合います。
そこで与えられたルールの一つは
「人の意見を決して否定しないこと」
このルールを意識すると、たしかに意見が活発に出てきました。
「こんな考え、つまんないよね」
なんて、気後れしなくてすみます。
そして、グループの成果を広用紙にまとめ、ほかのグループはどうかいな、と、お互いに見て回ります。
「なるほど~ そういう視点もあるか」
などと感心。
人の意見を否定せずに聞くことの効用は、とくに新しい考え方でもないし、頭では分かってましたけど、
実際に演習をやってみると
さまざまな意見やアイデア、本当の気持ちが出しやすくなる。
自分だけでは気付くことができない、いろいろな発見がある。
人は人から学ぶ。お互いに。
そんな当たり前のことを再認識できました。
エホバの証人の組織では「個人の意見」などというものは封殺されます。
そんなことはない!
と熱心な信者さんは反論するでしょうけど
組織の教えから少しズレたことを口にしようものなら
子どもは親に
研究生は司会者に
一般成員は仲間のJW、長老、巡回に
考えを否定され、矯正を受けますがな。
聖書の原則をどう当てはめるかを学んでいる
というふうな言い方もよく聞きますけど
こじつけやら拡大解釈やらに基づく細かいルールが出版物に満載で、
それを守ることが要求され、意見しようがない。
伝道のテクニックにしても
家の人の意見に誠実に耳を傾ける
なんて言ってるけど
その目的は、JWの教えだけが正しい、あなたの考えは間違っている、
ということを伝えたいため。
どこが誠実だか。
まったく一方通行の教義の伝達で、バカを量産するだけ。
もっとも、それこそが組織の狙いですけどね。
人の意見を否定せずに聞く。
わたしも長いJW歴で、その点が欠けたかもしれないので、
これから意識して実践したいですね。