前々回の記事で、闘病中の母について
「今のところ、来年の桜を見ることができるかどうか、というほど切迫してはいません」
と書きました。
転移はないものの、少し大きくなった病巣が胆管を圧迫している影響があり、ここ1年は入退院の繰り返しでした。
2週間前に会ったときは、ずいぶん弱ったなぁ、という印象はありながらも、退院後の生活に備えて歩行のリハビリもしていたし、病院の食事はおいしくないのよ、とか、早く退院したい、などと言っており、ふつうに会話ができました。
しかし、その直後から急速に衰弱。
先週から寝たきりになってしまいました。
会話も、ほとんどできなくなった。
詳しくは述べませんが、両親は、わたしたち夫婦への応対でいろいろと不手際があり、わたしとしては、非を認めて、きっちり謝罪しない限りは許さんぞ!!!
というスタンスを保持していました。
でも、こんなに急に弱ってしまった母の姿を見ると・・・
やっぱりショックでした。
とにかく、母の気が少しでも紛れて、生きる気力が維持できれば、と思い、わたしたちも晩の時間、頻繁に足を運ぶことにしています。
昼間は親父が付き添っているし、エホバさんたちも続々と見舞いに来るので、なかなか賑わうようです。
で、親父の報告。
「わきまえている人は、背中をさすったりして、2、3分くらいで帰るんだけど」
親父が言ったのはそこまででしたが、
そうか、わきまえていない人がいるのね。
そういう人はどこの世界にでもいるけど、各種の団体・種族別で見たときに、空気が読めない、状況をわきまえない人間の含有率をランキングすると、エホバの証人は確実に上位に入れます。
たしかに、お見舞いって気を遣いますよね。
なんて声をかけたらいいのかな
どんな会話をすればいいのかな
入院している人の状況に応じて、いろいろ考えないといけません。
見舞いの心得について、ググったりして情報を得てもいいですが、
要点をひとことで表せば
「自分にして欲しいと思うことはみな,同じように人にもしなければなりません」
という黄金律の精神でしょう。
エホバさんたちが好んで取り上げる言葉ですね。
しかも
「自分にして欲しくないことは,他の人にもしてはならない」
という否定形の表現と比較して、黄金律がいかに優れているかを強調します。
しかーし!
どれほどの人が正しく適用できているのか?
地区大会前になると
座席を取るために走ってはなりません、だの
ホテルの朝食バイキングを昼食用に持ち帰ってはなりません、だの
悲惨なほどの低レベルな注意が喚起されます。
通常の知能と常識を有している団体であれば、わざわざこんなことを思い起こさせる必要はありません。
また、ものみの塔2014年5月15日号の研究記事
「宣教において黄金律に従いなさい」
などに見られるように
「証言を聞いてもらうために、どう振る舞うか」
を主眼として行動することが勧められています。
そもそも、黄金律に従えば、エホバ式の布教はできないだろうが。
挙げればほかにもありますが、まあ、こんな具合なので、状況をわきまえないJWの見舞客がいるのも、何ら不思議はないです。
具体的にどういう感じだったのかは知りませんけど。
多くの兄弟姉妹たちに見舞いに来ていただいていることには、感謝しています。
隣県からも訪問されたようです。
ただ、一部の残念が人たちがねぇ。
代わりに、入院することをお勧めしますよ。
バカは治らないから、ムダですけど。