先月の記事(「本音を語れ」)で登場したH姉妹。
お礼はしておこうと思い、コーヒー豆を少々と、ありがとうございます元気ですという旨のメッセージを添えて、ご自宅の玄関先に置いておきました。
すると、後日、再び手紙が来ました。
誠実な対応をしてくださりありがとうございます・・・考え抜かれた末の苦渋の判断だったと思います・・・でも平穏にお暮しとのことで、老婆心ながら安堵しています・・・
など、いつもながらの丁寧な文章で綴られています。
そして
自分も過去に、毎日死ぬことばかり考えて暮らした時期がありましたが・・・
と続き、
でも、宇宙主権の論争が、また息子が足止めとなりました・・・
息子くん。わたしと歳が近く、よく一緒に呑んだものです。
彼は数年前に隣県の会衆に移りましたが、元気にしているのかな。
お前もJW辞めろ、と言いたいw
それにしても、宇宙主権の論争。
もちろんH姉妹に限らず、この論争がエネルギーというか、足かせになっている方は多いんでしょう。
神が悪を引き起こしているのではない
人類が自由意思を誤用したので悪がはびこっている
悪が許されているのは人類による統治の失敗を教えるため
神は近い将来に必ず解決される
という教理は、平和を求める人々の心を掴みやすかったのでしょうか。
わたしは比較的マジメにJWをやっている頃から、この教理、しっくり来ないものがありました。
神の主権の正当性が立証されることが第一。
楽園とか永遠の命とかは二の次。
神は愛、という言葉とは裏腹な冷徹さ。
宇宙主権の論争だ!と、ものみの塔が一人で騒いでいる。
この論争には「全被造物が直面している」とか言ってるが、
勝手に巻き込むな。
などと思っていました。
とくに疑問だったのは
「神がずっと昔に介入しておられたとしたら,人間はすべての者に平和と繁栄をもたらす実際的な政府と,そのために必要な技術とを発達させるだけの時間を与えられなかった,との主張がなされたことでしょう。」
というふうな記述をよく見かけますが、そんな主張をする場面なんて考えられます?
教理を納得させるための、無理な想定ですよ。
こんな教えから希望とか安心感を得るのは難しいように思うのですが、これを支えにしているJWが多いのも事実なんですね。
けっきょく、心の拠り所は人それぞれだから、信じたい人は信じればいい、と言わざるを得ないです。
そんなこんなで、わたしはエホバの証人の最重要な教理が気に入らなかったので、そもそもエホバの証人に向いていなかったのだろうと思います。
それでよかったです。