我が家の娘、小1。
夏休みも終わり、二学期が始まりました。
先週のある日の朝は台風が近づいてきていて
登校時間には、風が強く、雨も少し降っていました。
なのに!
娘、玄関の外へ出て、空の様子を見てから・・・
「あー、こんぐらいの雨なら傘、ささなくていいー。帽子あるし。」
「傘、持って行かなーい。」
と言いました。
さて突然ですが、質問です。
あなたなら、ここでお子さんに 何と声をかけますか?
「雨が少しでも降っているんだから、傘を持って行きなさい。」
ですか?
それとも
「台風も来ているのに、傘を持って行かなきゃダメよ!絶対濡れるわ。」
ですか?
はたまた
「傘がないと濡れて風邪ひくよ!」
ですか?
きっと他にも人それぞれの
いろんな受け答えがあると思います。
私と娘との間で、これまでにも似たような状況がありました。
そしてセカンドバースファシリテーションを受ける前の私は
「そんなこと言わずに、傘、持って行きなさい。
( ⇒ 私の考えの “強制” )
今も、雨が少し降ってるじゃない!長靴も履いて!
( ⇒ 娘のいやがることをさらに加える )
濡れたら風邪ひいて、病院だよ!
(⇒ 娘は病院が大嫌いなのをわかってて、“怖がらせ” て従わせようとする) 」
と言って、傘を持って行くことを娘に
≪押し付け≫ ていました。
では、今(セカンドバースファシリテーションを受けた後)の私が
娘の言葉にどう応えたかというと。。。
「昼から雨がたくさん降るらしいよ。帰りの頃、降るかもよ。」
と、朝の天気予報の情報を伝えました。
娘はそれを聞いて少し考えた後
「うーん、そしたらずぶ濡れで帰ってくるわ。」
「帰ってきたら着替えられるし、いいよ。」
「折りたたみ傘があるし、大丈夫。」
と、言いました。
私は
「そっかあ。じゃあ、傘なしでいいね。」
と言いつつ
まさかそんな
ずぶ濡れで帰ってくる、というコメントが出てくるとは~
と、思いがけない返答に、大笑い!!
そう今なら、娘に強制しなければいられなかった
自分のことがよーくわかります。
≪傘を持って行かない≫ という
私の “当たり前” の枠を越えたことをする娘を
その日の気分や考えで
≪今日は傘をささずに学校へ行く≫ という
娘の自由さを
許せなかった。
なぜなら
私が自分に本当の意味での “自由さ” を許していなかったから。
自分で勝手に作りだした、“当たり前” という枠の中で
小さくなっていなければいけないと
自分を制限していたから。
でも自分で意図的に
制限をかけていたわけではありません。
そのようにせざるを得ない
無意識下の大きな力が
【家族】というシステムの中に働いていたのです。
これは自分では気づきにくく
また自分一人では解消しにくい
とても大きな力で
その人の人生を (無意識のうちに)
苦しむ方へ、幸せにならない方へと導き、
また私たちはその力に (無意識のうちに) 引っ張られていくようです。
だからこそ、ちょっと立ち止まって
自分のことを振り返ってみてください。
今の自分は本当に幸せですか?
子育てという貴重な機会を、心から楽しめていますか?
子どもは我慢することなく、親の顔色をうかがうことなく
自分の思いや考えを表現できていますか?
親は大人として、怒らず、干渉しすぎず、
子どものやることを見守ることができていますか?
子どものやることや、言うことに何かひっかかる
いつも、この子には腹が立つ!
子どもと過ごす時間が楽しくない。。。など
それらは全てシグナルです。
子どもを通して、あなたの中の無意識の部分にある問題が
「早くどうにかして!」
と助けを求めているのかもしれません。
どうぞ自分の心の声に耳を傾け
自分の今の状態に、まっすぐ目を向けてみてください。
そしてもし助けを求めていることに気づいたなら
早く、自分のことを救ってあげてください。
自分を救えるのは自分だけ、
子どもを救えるのも、親のあなただけ、です。
ー追記ー
下校時間はお日様が見える小降りの雨でした。
案の定、娘は濡れて帰ってきました。
そしてひと言。
「暑かったし、濡れて涼しくなってちょうどよかった~♪」
だって。 (笑)
