捕鯨問題を考える クジラって国民食? | スパイシー丸山「カレーなる365日」Powered by Ameba

捕鯨問題を考える クジラって国民食?

突然ですが、クジラって、みなさん食べますか??



ほとんどの人が、


食べてないっすよね。



一部の食通の方しか食べないレアな食材なのに、

それを日本の伝統食と呼ばれてもなぁ・・、と

クジラ関連のニュースを耳にするたびに違和感を覚えてしまうのですが、

これって、ボクだけかな??



一部の食通の方のために、

海外の国々から野蛮な国と見られるのも、なんだかなぁ。。。。

だって、食べてないし・・。



だいたい、ここまで国際問題になっているのに、

一部の食通の方しか食べない食材を確保する“クジラ漁”を、


頑なに守り続けることが、本当に国益になるんっすかね??



誤解の無いように書いておきますが、

もちろん、反捕鯨の声に対しては不愉快に思います。


ちゃんと、漁に制限までかけて、小規模の範囲で行っているのに、

まだ言うか!!ってなカンジです。

(調査捕鯨って表現は曖昧で好きではありませんが・・)




シーシェパードの活動なんて、全く理解できません。



ってか、シーシェパードにはクジラより先に、本部のあるアメリカで牛肉反対運動でもしてもらって、ハンバーガーチェーン店にケンカを売って欲しいっす。



クジラはダメで、牛はOKって何?????????



シーシェパードのメンバーは1人もハンバーガーとか食べてないっすよね。

いや、食べていたら大問題だろ。




ま、そんな話をしていても何もはじまりません。

クジラ漁は、ここまで大きな国際問題になってしまってるので、

大事なのは国際感覚なのかと。


一部の食通の方のために、“伝統”という言葉でいつまで戦い続けるのか?



日常的に食べていないのに、そこまで戦うべきなのか??


正直なところ、外圧に屈してやめてしまうのは悔しいですけど・・

繰り返し書きますが、大事なのは国際感覚と国益です。



国益を一番に考え、最良の解決方法を見出して欲しいものです。



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社説:調査捕鯨の中断 根本見直しの契機に

 (毎日新聞 2011年2月19日 2時30分)



 日本が南極海で行ってきた調査捕鯨を今期は中途で打ち切ることが決まった。鹿野道彦農相はその理由として、反捕鯨団体シー・シェパード(SS)による妨害や追尾で、乗組員や調査船の安全確保が難しくなっていることをあげた。

 シー・シェパードの「抗議活動」は危険極まりないものだ。調査捕鯨船団(4隻)は昨年末に日本を出港したが、年初にはシー・シェパードに捕捉され妨害行為が始まった。スクリューに絡ませるため進路にロープを投げ入れたり、ビンを投げつけるなど妨害行為は9回に及んだという。言語道断というほかない荒っぽさだ。捕獲頭数は予定をはるかに下回る水準で終わった。

 乗組員の安全が危うくなっているとすれば、中断もひとつの判断であろう。問題は次期以降の調査捕鯨をどうするかである。

 水産資源の有効活用は当然でありクジラも例外ではないだろう。クジラの生息数や分布がどうなっているか、科学的調査を行うことを非難されるいわれはない。

 ただ、現実問題として食料としてのクジラに対する国内需要は急減している。戦後間もなくの食料不足時代にはクジラは貴重なたんぱく源であり、学校給食などにも使われた。団塊世代以上には郷愁を感じさせるクジラ肉だが、近ごろはめったに食卓にものぼらなくなった。このため、クジラ肉の在庫は近年にない水準に積み上がっている。

 今回の調査捕鯨の打ち切りは、直接的にはSSの危険な活動が理由になっているが、中断やむなしとした背景には日本人の食生活の変化があると見ることができる。

 多くの日本人が「外圧」によって調査捕鯨をやめることを不愉快に思い調査捕鯨の継続を支持している。しかし、現実にはクジラ肉を食べなくなっており、調査継続の意義を掘り崩している。SSよりも日本人の食の変化の方が調査捕鯨にとって難問なのである。

 調査捕鯨は今期で6年間にわたる「第2期南極海鯨類捕獲調査」が終了し、第3期の計画の検討が行われる。大きな節目だ。この際は調査捕鯨を凍結することもふくめ、一度根本から見直してみてはどうか。国際捕鯨委員会(IWC)では調査捕鯨の大幅縮小、沿岸捕鯨の拡大などが提案されている。

 そして、中長期的には日本の水産物資源の保護の水準を国際的に見劣りしないものに高める必要がある。クジラ問題だけでなく、マグロ問題でも日本に対する風当たりは強まっている。海外からの一方的な言いがかりを許さないように、まず自分の庭先をきれいにしよう。