今年のバスブラは、日本海の雄都・新潟市へ行ってまいりました^
・前作の広島市、あるいは九州各地等、バス路線網が充実している街は西日本が多いような印象ですが、新潟市もなかなかのもので^^、多くの細やかな路線網を持っています
政令市でありながら、私鉄・地下鉄や路面電車等の都市軌道を持たない新潟市は、そのぶんバス輸送の重要性が高い街です^
そんな新潟市で一昨年、バス路線の大規模な改変が実施され、
BRT(※バス高速輸送システム)での基幹系統が市内中心部に設定されました。
そしてこのBRT路線には、我が国のバスではまだ珍しい『連接車』が走ってるという事を知り、先日行って参りました^^
・やってきました、↑夜明けの新潟駅です
夜行バスで到着したんですが、余談ながらウィラー社の夜行バス、なかなか快適でした^
上越新幹線が開通した現在も、旧国鉄時代の駅舎がそびえる新潟駅(※万代口)ですが、建替計画も近々動き出すようです(※2017時点)
そんな万代口の前には、↑新潟交通バスのターミナルがドーンとあります。"バスの街・新潟"を印象付ける光景です
昔ながらの直角バック式で、13もの乗場を持ち、市内や郊外各地へのバスが発着しています。
新潟市には市営バスは無く、市内のバス輸送はほぼこの新潟交通1社で担っています。福岡市の西鉄バスや、奈良市の奈良交通と同じような寡占状態です。
しかし、今作のテーマであるBRT路線は、このターミナルから発着していません。どこから出てるのかというと・・
BRTは、↑駅の真前のロータリーに専用乗場を新設しています。
このBRTは、新潟交通"純単独"のものではなく、新潟市が企画立案し、新潟交通に運行を委託しているような格好となってます。
いわば『市営交通の委託』に近い形で、これらBRT専用停留所も市が主導して整備したものです
ところで↑に写っているBRT車、お目当ての連接車でなく、一般路線型のバスです。このBRT系統には『各停』と『快速』があり、連接車は快速限定の運用なんです。
ちなみに正式な系統名は『B1系統』といい、また『萬代橋ライン』という愛称もあるんですが、バス停やバス車両には"BRT"としか書いてなく、問い合わせる時もBRTで充分通じます
そして待つ事しばし、駅前に朝一番の快速便が入ってきました。
↑連接車です!
おぉ~、長い・^
連接バス、僕はつくばの科学万博で乗ったシャトルバス以来ですw
降車場からグルッと回り、乗場へ入ってきました^
(※バックしなくてよいつくりになっている)
車体の長さと存在感が、"路面電車"のような雰囲気も感じます^
でもなんか運転しにくそう・w
ちなみに、ご覧の通りトレーラーの一種ですが、トラックのように簡単に脱着出来ない構造のため、牽引免許は不要なんだそうです(※しかしバス会社では牽引免許所持者のみを乗務させてるようです)
↑横にいる一般バスと、長さを見比べて下さい^
一般的なバスは車長9~10m程ですが、連接バスは全長約18mあります。18mといえば通勤電車の1両あたりが約20mなので、それに近い長さです。1人の運転手が公道上で操作するのには限界に近い長大さだとも言えます
(※新潟以外でも、2017現在全国では、約10ヵ所程の街で走っています)
朝の通勤時間、沢山の乗客が列をつくっています
運転間隔は各停が5~10分毎、快速が30~60分毎で、快速はそんなに頻繁に本数ないので、連接車に乗りたい時は事前に同社HPで時刻チェックですw
乗車しました、車内も長い!w
路面電車の連接車に乗ってるのと同じような感覚です
しかし、この長い車内ですがワンマンカーで、乗車は前後各車の中ドア2ヵ所、降車は最前部の運転手横から後払いです。区間制で、新潟交通専用のICカード『りゅーと』が使えます
満席で新潟駅前を発車します^
広い駅前通りを走りだします
この新潟BRT(※萬代橋ライン)の経路概要ですが、新潟駅前から万代シティや中心部繁華街の古町、市役所前等、市内枢要部を走り、西郊の『青山』ターミナルに至る、4km程の路線です。
計16ヵ所のバス停がありますが、快速が停まるのは途中5カ所のみで、かなりの快速ぶりですw
駅を出てほどなく、新潟を代表する橋、万代橋を渡ります。愛称:萬代橋ラインの名の由来は勿論この橋からです
市街中心部の古町に停車
(※この周辺の万代橋や古町等、後程街ブラします^)
車内の表示画面には、↑各停留所からの乗り換え便について詳細な案内が流されます。
実はこの"乗換"が、BRT線新設の理由として重要な話になります
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なぜ、新潟市にこのBRT路線が設けられたのか、もう少し詳しく纏めます
冒頭前述のように新潟は、バスが市内/近郊輸送の重要な部分を担っています
市内各地や郊外から、数多くのバス路線が新潟駅前にむけて集中するような路線網になっています。そのため中心部ではバス路線が重複し、乗場や系統も複雑になって乗客にわかりにくい上、バスそのものも中心部に行くにつれ"ダンゴ運転"状態になり、その整理再編が急務となってきました
そこで新潟市は、行政として市内公共交通のあり方について種々検討、路面電車や新交通等も検討されましたが費用面で実現せず、代わりにバスシステムの改良に着手。
BRT路線を新設してこれを基幹系統とし、郊外からの路線はBRT終点の青山、あるいはBRT各停留所までとして、乗客に乗換えてもらう事で、中心部のバスをスムーズに流そうという事になったようです・
でも、そんな大変革は当然乗客の混乱を招くことは想像にかたくありません。案の定、BRT開設当初はかなり混乱したそうです。
又、特に高齢者や通勤客から「今までは新潟駅まで直通で行けたの、乗換が必要になって面倒だ」という苦情も多く寄せられたとの事
鉄道でもそうですが、多少時間がかかっても『直通需要』という要望はけっこう多いんです
そのため、現在は朝夕に『ダイレクト便』という郊外からの直通系統を再設定されたとの事です。
市役所前で大量に下車
車内はガラガラになり、ようやく僕の乗った後部車から運転席が見えました^
路線ラストに、↑信濃川の関屋分水路に架かる大きな橋を渡ると、青山地区に入ります。
橋を渡ると、↑イオン青山モールが見えてきます
このイオンの周囲が、青山バスターミナルになっています
新潟駅から西へ約30分、終点・青山に着きました
イオンの建物を囲むようにバス乗り場があり、郊外へ行くバスはここで乗換えます。乗換まで時間がある場合はイオンで買い物やお茶も出来ます(笑)
イオンで発見した、↑"レトロ復刻バス"
レトロなのは外見だけで、中身は新型のバスなんですが、別にこんな事しなくても、新潟交通には都内で一昔前に引退したようなリアルにレトロなバスがワンサカ走ってますw
青山BRT停留所は乗場と降車場が別々になっており、機能的に配置されています。
これから復路ですが、途中あちこちで下車しながら、新潟市内・初街ブラをしたいと思います^
まずは中心部・古町で下車
新潟市きっての繁華街という事で、商店街も貫いています
午前中というのもあってか、人影はまばらでした
そんな中、一番賑っていたのが↑コンビニw
ローソンですが、通常のローソン色でなく、ご当地のJリーグチーム・アルビレックス新潟カラーになってます^
そしてこの新潟・古町はその昔、京都の祇園等とともに"日本3大花街"とも言われた程、栄華を誇ったそうです。日本海有数の港町として、江戸期以前から要衝として栄えてきた新潟です
これから、その面影を探索します
しばらく歩くと~
↑これは料亭の入口みたいです。
いかにも花街の風情が残る路地を発見
明治期から伝わる料亭の建物、国有形文化財にも指定されています
芸妓置き屋さんの建物もありました。
古町には現在でも芸妓さんがおり、宴席を楽しむことも出来るそうです
京都先斗町を思わせる狭い路地も。
日本海側を代表する港町として繁栄してきた新潟、栄華を誇った昔を偲ばせます
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・古町から、さらに海へむかって歩きます
海近くに市立博物館があるという事なので、そこを目的地としますが、その途中、↑こんぴら通りという看板がありました
こんぴらといえば、過去作で訪ねた香川の金刀比羅さんですが、ここ新潟にも"金刀比羅神社"があります
この金刀比羅神社には、国重文指定の和船の模型があります。
古来より、廻船の寄港地として栄えた新潟の歴史を今に伝えます。
(※新潟の歴史については、後程博物館のところで)
和船模型は残念ながら普段は非公開です。
↑奥が神社本殿、右が収納されている倉庫です
この神社で面白かったのが↑『絵馬』
”算額”といい、絵馬に数学の問題を書くという習わしがあるそうです。数学苦手な僕にはさっぱりわからない問題でした(汗笑)
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さらに海岸(港)のほうへ進むと~
信濃川の河口へ出ました
博物館の近くまで来たら、↑”旧新潟税関”の門がありました
幕末の開国とともに、長崎や横浜・神戸・函館とともに『開港5港』に選ばれた新潟、1858年税関が設置されました。その建物です。
開港5港のうち、当時の税関の建物が現存するのは新潟だけという大変貴重なもので、国重文です
残念ながら、2017現在改修工事中で、見学は一時中止していました
門の外から↑撮りましたが、均整のとれた美しい建物です
1966年まで現役で使われていたそうです。
その税関の裏手にある↑洋館建てが、市立歴史博物館(みなとぴあ)です
見学します
1Fはロビーやキッズコーナー等があり、展示室は2Fです
ここを見学すれば、新潟の"歴史と今"がわかります^
縄文時代から既に人住があったという新潟。
海の恵み、信濃川の恵み、そして広い新潟平野の大地にも恵まれ、日本海側の主要都市として太古より要衝の地でした。
そして前述のように、廻船・北前船等の寄港地としてますます栄え、開港5港に選ばれ、古町花街が形成される程の、富も集積する主要都市へと発展していきます
ラスト近くには、現代史にも言及していました。
実は新潟、先の大戦の際米軍は、広島や長崎とともに原爆の投下地候補に選んでいて、それを察知した旧軍は大半の市民を疎開させました。館内掲示には『ほとんど無人の状態で終戦を迎えた』とありました。
戦後も大火や地震にたびたび見舞われた新潟、その発展の歴史は決して順風満帆ではなかったんです。
そして新潟といえば"米どころ"、↑の展示も^
なかなか見応えある博物館でした
見学後外へ出ると、↑信濃川向こう岸の港に、佐渡行きのフェリーが入ってました。新潟港からは北海道・小樽行きのフェリーも出ていますが、発着する埠頭は別の場所にあります
巨大な船体を↑グルッと信濃川の上で回転させ、佐渡島へと出港していきました
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・再び市内へ戻ります。
次は新潟駅近くの『万代シティ』へ
数棟のショッピングモールビルが立ち並び、その中に新潟交通のバスターミナルが入っています^
↑アルタが新潟にも
バスセンターは、万代シティの中程にあるビルの1Fに入っています。
冒頭出た新潟駅のバスターミナルも大規模ですが、↑ここもなかなかの規模です。駅ターミナルから至近に、もう一つバスターミナルを持つ新潟、改めてバスの街であるのを感じます^
ここ万代シティのバスセンターには、知る人ぞ知る↑"名物の店"があるんです^
↑の立食いそば屋さんですが、ここの名物は『カレー』
新潟特産としてレトルト化された位、地元では有名だそうです^
食べてみました
↑ちょっと白っぽいルーで、そんなに辛くないんですが、スパイスは程よく効いてて、なんか昭和の家庭のカレーっぽくて美味しかったです^
万代シティからすぐ、朝一バスで渡った萬代橋を、歩いて渡ってみます
新潟のシンボルともいえる万代橋、↑レトロな中にもスタイリッシュな橋です^
現在の橋は1929(昭和4)年完成の3代目で、国重文に指定されているという、名実共に新潟を代表する地点です
日本一の大河・信濃川、やっぱり広い
橋の上でしばしバっちゃん
壁に大きくトキが描かれたNTTの建物、そして↑トキ色のバスも橋を渡っています。惜しくも純国産は絶滅してしまったトキですが、今も新潟の鳥といえばトキです
BRT連接車も、↑萬代橋を快調に渡ってゆきます
Woのすきな↑道路起点の標識を、萬代橋近くで見つけました^
新潟から青森まで延々とつづく、国道7号の起点がここです
ツーリング過去作でも書いてきましたが、新潟は多くの国道や高速道が交差する、陸の交通の要衝でもあります
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ラストに、BRTで突然再び青山周辺に戻りますが、1ヵ所紹介しておきたいところがあります。
青山イオンのすぐ近くに、↑鉄道の橋梁のようなのが見えます。
実はこれ・
橋梁の上へ上がれる階段があります。
橋梁上は、↑こうなってます
ここは、鉄道の廃線跡です。
実は新潟交通、1999年までは鉄道も経営していました。
新潟市・白山から燕市まで、私鉄が走ってたんです
今では、この橋梁のように一部がサイクリングロードになっています
現在新潟で鉄道といえばJRだけですが、かつては新潟交通鉄道線や蒲原鉄道等、私鉄が数社走っていました。
新潟も地方都市のご多聞に漏れず、鉄道に関して厳しい現実もあります
その歴史から、新潟交通バスの社章には、↑レールがあしらわれています。
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青山イオンに夕暮れが近づいてきました
BRTにラスト乗車、新潟駅に戻ります
新潟の"市内交通の明日"を担って登場したBRT、いかがでしたでしょうか。BRTは前述のように各停車は5~10分毎と頻発されていますが、僕思うに快速の本数が少々少ないように思います。ダイヤとみると昼間1時間半位快速が無い時間帯もあり、基幹交通を謳うならなるべく、等間隔で運転したほうがいいと思います
BRTといっても東北の大船渡線BRTのような専用道路があるわけでなく一般道を走るため、"快速"といっても格段に速いわけではありませんが・
僕がこの日乗った限りでは、高齢のかたもけっこう淡々と利用しこなしているように思えましたが、郊外便との乗換は本当にスムーズに出来ているのか?実際のところどうなのか、利用者の本音を聞いてみたいような気もします
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帰途、新潟駅に戻ると、懐かしい”国鉄急行色”に塗られた国鉄型電車が停まっていました
この色、かつて北陸本線を駆け抜けていた急行『ゆのくに』や『立山』を思い出す懐かしい色です
以上、バスブラ2017、本年は新潟市で走りだした、BRT連接バスでございました^
(※2023.7 文一部修正)